レールの上で、キス。
甲
どこでも、どんな状況でも眠れる、というのは、大切な才能だ。特に、自分たちエクソシストのように、旅と戦闘を生業にしているような人種には。
「―――ま、疲れてたんさね。徹夜だったし」
いろいろと大変だった、クロウリー城での一件から明けて、先行するリナリーやブックマンに追いつくための旅の車上。
ごとごとと揺れる窓硝子に頭を預けて眠る白髪の少年を眺めて、ラビは緩く笑った。アレン・ウォーカーのちょうど正面に座り、窓枠に頬杖をついた彼には、どこか幼い寝顔が良く見える。
旅を初めてもう何日にもなるのだし、別に見たことがないというわけではないのだが、どうにもその寝顔が新鮮に見えるのは、たぶん、両目が共に、穏やかに閉ざされているせいだろう。
出会ってからずっと―――つい昨夜まで、その左目は痛々しく傷つけられたことで閉じられていたから。
長めの前髪に額の五芒星や頬の傷ごと隠されているが、その目が開いたことは、ラビにとっていくつかの意味で衝撃的だった。
ひとつには、本当に、潰された目が再生したということ。師であるブックマンの言を疑っていたわけではないのだが、普通なら「ありえない」ことには、やはり驚かされた。
ふたつには、その目に映るアクマの姿が、ラビにも見えたこと。生まれて初めて見る拘束された魂は、とても酷い姿で、凄惨な戦場を見慣れたラビですら、もう一度見るのは、本音で言えば、勘弁願いたいようなものだった。
あんなものを常時見て、顔色ひとつ変えるでもないアレンの精神力は、尋常のものではない。感嘆すら覚えてしまう。
そして、最後には―――ようやく両方揃ったアレンの目に浮かぶ、光の強さ。
一番初めの印象は、その身に受けた予言の厳しさに似合わぬ、少女めいた儚げな少年。
目を覚まし、言葉を交わして知ったのは、その中に在る、少年らしい子どもっぽさと、意地。
直後、背中を合わせたアクマとの戦闘での、鮮やかな変化。今まで見えていたものが見えないという不安な状態で、見る間もなく覚悟を決めてみせた心の勁さは、もう知ったつもりでいたのに。
右と左、此岸と彼岸の双方を取り戻した白い少年の印象は、それらすべてを覆い尽くして余りあるほど、強烈だった。
新たなる覚悟で見た世界は、彼にとって、どんなふうだったのだろうか。
今、目の前で眠っている幼げな姿からは、想像も出来ない。
ほんの一刻、同じだろう世界を共有したけれど、それだけではとても足りない。
ラビは、もっとアレンを知りたくて、その為なら、再びあのアクマの魂を目にすることすら、気にならないだろう。
目が見たい、と強く思う。覗きこんで、すべてを自分の中に取り込んでしまいたい。
その感情の熱さは、いっそ慕情かと紛うほどで。
もっと知りたい。
もっと近くで。
もっと。
「目、見たいけど、今、目ェ覚まされたら、ちょーっと困るさね……」
音を立てないよう、そっと立ち上がって、アレンの隣に座り直す。しばらく迷って、どうか起きませんように、と呟きながら、肩と頭を、ゆっくり抱き寄せてみた。
がたごとと揺れる固い窓硝子よりは、自分の肩の方が枕には良いだろうと、誰にともなく言い訳して、もたれかけさせた白い髪を撫でる。
目元にかかった髪を払うと、さっきよりずっと近くに見える顔に、少しだけ、我慢ができなくなった。
(起きないで。けど、気がついて)
薄いまぶたに触れる唇の下で、一瞬だけ、アレンが震えたような気がしたが、顔を離しても、少年が起きる気配はない。
ほっとしたような残念なような気分で、改めて頭を抱き寄せ、自分も軽くもたれて、目を閉じた。
―――その頬の下で、少しずつ、アレンの肌が染まっていくのには、気づかないまま。
04/瞼
作品名:レールの上で、キス。 作家名:物体もじ。