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ふざけんなぁ!! 7

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27.あなたの希望は何ですか? 5




「おや、平和島の兄さんじゃないですか。こんな所で奇遇ですねぇ」
穏やかに白いクレスタが横付けされたかと思ったら、その後部座席には粟楠会の赤鬼こと、赤林の姿があった。

今日日のヤクザは、あんまりあからさまな黒塗りのベンツに乗らない。
代わりに一般のちょい小金持ちが所持する、普通車を愛用している。

赤林は表向き蟹を卸す会社の社長だから、彼の裏家業を知らない人が、その車を乗り回しているのを見ても違和感ないだろう。
だが、静雄は彼が昔気質の任侠道を突っ走っていることを知っていた。
黒ベンツ、派手なスーツ、純金のアクセサリーにサングラス、そして刃が仕込まれた杖……、この五点セットがあってこそ、赤林だと思っていたのだ。

なのに何故いつもの悪趣味な白地ストライプ柄の派手系スーツではなく、深い紺色な無地の地味系姿をしているのだろう。
己自身、人の事を言えた姿じゃないが、明日は大雨か暴雨風、それか季節外れの大雪でも降るかもしれない。

そんな風に目を点にしている静雄に対し、赤林は親しみ混じりに笑った。

「今日はバーテン服じゃないんですね、見違えました」
普通人なら褒め言葉だと素直に受け取るだろうが、怪力な癖に心がチワワな男は、自分に全く自信が持てない小心者で。
「……俺の格好、やっぱいつもより変っすか?……」
たちまち、直ぐに人に意見を求めるという愚を犯す。

「いいえ、きちんとなさっているので、もしやお見合かなと。それとも大事な人とデートですか?」
池袋の魔人はみるみる顔を赤らめたかと思うと、テレながらついつい横に立っていた『一方通行』の丸い標識を指に絡めた。
「そ、そんなデートって……、うおぉぉぉぉ、ちげぇ、いや、ちげくないっすけど、デートの前にその、き、今日はちょっくら来良学園に用事があって、その……」

たった15分だけ辛抱して、教師のつまらない話に耳を傾けた後は、制服姿の可愛い帝人との下校デートが待っている。
喧嘩と乱闘とお礼参りと親呼び出しに明け暮れた自分の高校時代は悲惨そのもので、甘酸っぱい青春の想い出なんて1欠片も無く。
だから静雄の今日の目標は、『帝人と手を恋人繋ぎにしつつ、寄り道を楽しむ』だった。

臨也あたりがもし知ったら、『マジうける!!』と、腹を抱えて大笑いしやがるだろうが、こんなささやかな野望が静雄の高校時代に叶えられなかった夢なのだ。

もじもじ純真少年のように可愛い仕草と裏腹に、標識のポールは針金細工のような手軽さで、不可思議な幾何学模様へと折れ曲がっていく。
そんな彼を、赤林はまるでトムがたまに浮かべる、微笑ましいものを愛でる眼差しで見上げてきた。

「ああ兄さんも今日が三者面談ですか。なら行き先は同じだ。おい、俺もここでいい。お前達は先に事務所に帰ってろ」
「「へい」」
「は?」

静雄が止める間もなく、赤林はさっさと車から降りてしまった。
(おい、誰が一緒に行こうと誘ったんだよ、てめぇ)
ヤクザと馴れ合っている姿なんて、帝人に絶対見せたくないのに。
サングラスで隠れているのを良い事に、虚ろな目になり、どうやって煙に巻こうと少ない脳味噌を振り絞って考えていると、そんな彼の邪悪な考えに気がついていない赤林は、やっぱり上機嫌で。

「すいませんねぇ。ちょっと、私の手下にも聞かせたくなかったので。実は…、そちらの竜ヶ峰さんには、うちの娘がいつもお世話になってまして」
「は? 子供いたんっすか?」
(けど、高校生っつったら、……15か16だから……、年、……)
ついつい、指折り数えてしまう。
確か彼は三十代後半だった筈だから、二十歳前後で生まれた計算になる。
まあ、そのぐらいの年頃の子がいてもおかしくない。
けど、彼が結婚していたとは初耳だ。

「って言っても、実は養女ですよ」
「赤林のおじ様ぁぁぁ!!」

丁度、眼鏡をかけた来良の女子高校生が、慌てた風情で駆け寄ってきた。
大人しく地味目なのに、異様な胸のでかさにインパクトを感じ、かろうじて物覚えの悪い静雄の記憶に引っかかっていて。
いつも正臣のパワー溢れるあのテンションに引きずられ、帝人ともども連れまわされていた少女だった。

「ああ、杏里ちゃん。迎えはいいっておいちゃん言ったのに、わざわざありがとう」
「違うんです。そういうわけじゃないんですけど、どうしましょう?」
ちらりと静雄に視線を向けた彼女の顔は青い。

「あー、お前確か帝人の友達の………、誰だっけ?」
「園原杏里です、平和島さん」

礼儀正しく一礼したけれど、自分を見上げる静かな眼差しに怒りを感じる。
こっくり小首を傾げて考えてみても、彼女に何もした覚えはなくて。
(なのに何で、睨まれなきゃならないんだぁ?)
イラッときたが、赤林の養女に怒鳴る訳にはいかないし。
彼女も静雄を無視して、意を決したように赤林を見上げた。

「おじ様助けてください。この人のせいです。この人のお陰で今、私の大切な竜ヶ峰さんが。紀田君に携帯を鳴らしても全然捕まらないし、騒ぎが大きくなったら竜ヶ峰さん、ますます学校に居辛くなってしまう……。ねぇおじ様、私、どうしたらいいんでしょうか!?」
「杏里ちゃん落ち着いて。おいちゃん、何がなんだかさっぱり判らないよ」
「助けてください、兎に角竜ヶ峰さんが危ないんです!!」

静雄は自分自身、人より馬鹿だという自覚がある。
また人間、ショックな事を聞いた途端、脳の活動が一切停止したように、頭が真っ白になって何も考えられなくなるもので。

園原の言葉が浸透するまで時間がかかったが、理解できた途端、静雄は二人を置き去りにし、全速力で来良学園に向かった。


★☆★☆★


校門前には今、柄の悪い暴走族達のバイクが、多々屯ろしていた。
バイクに貼られたチーム名らしきステッカーは、静雄の全く知らない名前で、そのうちの一番ごてごてと改造されたバイク……、多分リーダー格の金髪リーゼント男が、雑誌を丸め持ちつつ携帯を鳴らしていた。

「あーもしもし、……いいか。この写真の女、来良(ここ)の生徒だっていうじゃねーか。拉致れりゃ平和島静雄とかいうバーテン野郎だって、無抵抗で滅茶苦茶にぼこってやれるんだ。兎に角、俺達の名を上げるチャンスだ。気合入れていくぞ。裏門もはっとけ、ぜってー逃がすなよ!? 」
《はいヘッド、ばっちり固めてます!!》
「おしっ!!」

ヘッドと呼ばれた男が持っていた雑誌は、見間違いなく東京災時記だった。
一ページ丸ごと使って静雄が帝人を抱き上げ、幸せに笑いあっている二人の大切なメモリアルツーショット写真が、こんな男の手にぐしゃぐしゃに握り締められているなんて。
静雄の額にぴきぴきと青筋が走った。

「その話、俺、もっと詳しく聞きてぇんだけどよぉ」

時代遅れのリーゼント頭を後部から鷲掴みし、吊るし上げる。
「いでででででで!?」
「だ、誰だてめぇ!!」
「ああ、寝ぼけてんのかてめぇら? 俺をぼこりてぇんじゃねーのかよ?」

間抜けな話だが、今日はバーテン服と違ったので、彼らは静雄が『池袋の自動喧嘩人形』だと判らなかったらしい。
作品名:ふざけんなぁ!! 7 作家名:みかる