ふざけんなぁ!! 7
走り出した馬車は止まらないし、今更中止なんてみっともない真似、できる訳もなく。
愚痴ってばかりだった帝人も、とうとう腹を括った。
「……まずは敵に、自分の持ち歌等、得意分野の歌を歌わせないってのが、最大のポイントだから……」
「うんうん、それで?」
「………歌を選べなくすればいいんだよね。それから後、人前で歌うのが嫌だとか、恥ずかしくなるような羞恥心が疼けばさ、歌手並みに歌が上手でも、実力なんてきっと発揮できないし………」
「ふーん、後は?」
「……もう思いつかない、門田さん達ってあんまり良く知らないし。ゴメン……」
ふにゃりと眉毛を八の字にして見上げると、正臣はぽしぽしと頭を撫でてくれた。
「はい、じゃ発想の転換を行ってみよう。歌を選ばせない為にはどうする?」
「選曲は運任せ。機械かなんかでランダムに出てくるものがいい。ノートパソさえあれば、そんなプログラムぐらい簡単に組めるのに、うううう」
「んじゃ、次は羞恥心を煽る……、だな?」
「野球拳とか、人前で服脱がしてみる? 私は嫌だから、男限定で勝手にやってって感じで」
「却下喰らうに決まってるだろ」
「んじゃ女装とかメイク」
「いいんじゃねぇ? 遊馬崎さんは面白がりそうだけど、門田さんも渡草さんも、静雄だって性根が座った硬派だしさ。メイド服とか着る羽目になったら、すげぇ抵抗すんじゃね? マジ受ける」
「んじゃ、この案採用。でもそんな場所なんて、宛てあるの?」
「おう、俺の知り合いに、カラオケ店でバイトしてる奴、結構いるから聞いてやるよ」
「なるべく格安で。予算は一人二千円以内。割引クーポンがいるなら集めてくるし」
「はいはい~♪………あー俺。紀田だけど、ちょっと聞きたいことあんだけどさ……」
そんな感じで、数件携帯で連絡を入れたかと思ったら、直ぐにコスプレ衣装を大量入荷した店の情報を入手して。
あれよあれよと言う間に、こんな無茶が決まったのだ。
★☆★☆★
まず先攻か後攻かの争いは、チームリーダー同士、つまり静雄と門田のガチじゃんけんとなった。
門田が勝って、赤組は当たり前だが後攻を選んだ。
「んじゃ、トップバッターを決めるか。これもじゃんけんで負けた順番でいいな?」
「……すんません、俺が不甲斐ないばっかりに……」
「いいっていいって、たかがゲームじゃねーか静雄。気楽に行こうぜ、な♪」
見かけドーベルマンなのに、心がチワワな男だ。
早速意気消沈してがっくり肩を落としてる。
「じゃ、最初はグー!!」
トムの音頭で四本の手がしゅたっと飛び出した。
でも皆パーで、帝人だけが素直にグー。
「はい、帝人ちゃんの負けー!! 行ってらっしゃい♪ 頑張れよ♪」
「何何何!? 酷いトムさん、こんなのってあり!?」
「俺らが現役の高校時代はこういう感じだったんだよなぁ」
「ああ懐かしいねぇ、静雄」
「静雄さんと新羅先生まで!? 卑怯者ぉぉぉぉぉ!!」
八年ものジェネレーション・ギャップな上、三対一では帝人に勝ち目なんて無かった。
ウキウキとセルティが、足取りも軽く紫の抽選箱を腕に抱えてやってくるし。
まぁ、企画立案者は自分だし……と、ごねて場の空気を悪くする愚も犯したくなく、帝人は諦めてカプセルを一つ取り出した。
それを狩沢が嬉々として奪い取り、紙を取り出して広げた。
「はーい、読み上げるよぉぉぉぉ。ゆまっち、衣装番号は96ね。渡草さん、選曲番号は9632-4483♪」
部屋の最後部にある、衣装スペースに走る遊馬崎と、テーブルにつきながら、リモコン操作で入力する渡草とでは、後者が断然に速かった。
TV画面の次の予約曲のトップにあがったのは、モーニング娘バージョンの『ひょっこりひょうたん島』だった。
昔、正臣と一緒に暮らしていた頃はやったものだし、歌詞を見ながらなら一応最後まで歌えそうで、ちょっとだけほっとする。
「おおおおおおお、可愛いぃぃぃぃぃっす♪♪ 帝人ちゃん、いきなり『クドわふたぁぁぁぁぁぁぁ!!』」
「ふえっ? 何それ?」
PS2でも遊べる、男性向け恋愛シュミレーションゲームの人気キャラなのだが、勿論帝人は知らなかった。でも、狩沢の食いつきが凄い。
「え、マジマジ!? あのマントとミニスカとボタン帽子のやつ!?」
「いえいえ、もっと凄いっす。見てこれ……ジャジャジャジャーン♪」
ベートーベンの第五番……『運命』のオープニングと共に、遊馬崎ウォーカーが嬉々として見せびらかしたのは、真っ白なスクール水着だった。
しかもオプションが、リボンひらひらな純白ニーソックスに、巨大なふわふわマリン帽子。黒と紫の細いリボンがたなびくそれには、狩沢が奇声を発したように、大きな木製ボタンもくくりつけられている。
瞬時に帝人の顔から血の気が消えた。
「スイマセン。私、コスプレ舐めてました」
あんな体型が丸判りになる水着を、しかもスポットライトの元で着ればどうなる? 胸元が透けるにきまっている水着を、なんでここで披露しなきゃならない!?
「無理です。やめときましょう。視覚の暴力です。私、胸ぺったんこだし、えへへへへ♪」
笑って誤魔化そうと頑張ってみたが、狩沢がとってもいい笑顔で親指をぐぐっと突きたてる。
「大丈夫よみかぷー。『能美クドリャフカ』は幼児体型だから♪」
「そうっす、ストライクでバッチリっすね♪」
「だからそれ、誰!?」
ぶんぶん首を横に振り、あうあうと縋るような目で静雄に助けを求める為に振り返ったのに、金髪のバーテンは、既に顔を真っ赤にして固まっていた。
しかも鼻から赤い液体をぽたぽた流しながら。
帝人の双眸に、じわりと涙がこみ上げてきた。
(このド変態のヘタレ!! あんた、何でもう鼻血ふいてんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)
「おい、静雄………ちょ、これ使え!!」
気がついた面倒見の良いトムが、直ぐに冷たいお絞りのビニールをあけ、彼の鼻の上に宛がっている。
「さ、女は度胸よみかぷー♪」
『そうだ帝人、私と新羅の温泉がかかってるんだ。頑張れ♪』
狩沢とセルティが、両側から腕を取りやがった。
帝人は最後の抵抗とばかりに、更にぶんぶんと首を横に振りたくった。
「いぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 無理、無理無理無理ぃぃぃぃぃ!! 何でこんなもん混ぜやがったの、まさおみの、ぶわぁかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そう涙目になって叫んだ帝人だが、悪乗り全開な女性達は、全く哀れんでくれなくて。
「往生際が悪い!! さぁ行くわよ♪」『そうだ帝人、ファイト♪』
結局、ずるずるとカーテンの向こう側へと連行されたのだ。
アーメン。
作品名:ふざけんなぁ!! 7 作家名:みかる