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【マギ】夜闇の中に消えた【シンジュダ?】

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人は愚か、鳥や虫ですらその声を潜める夜更け過ぎ。けれど月だけは煌々と輝いていて、静まり返った街の様子を照らし出す。誰一人いないようにも見えるその街並みにふとありもしない不安がよぎって窓を開けると、心地良い夜風が部屋を吹き抜けた。
 そして、次の瞬間には窓を開けたことを後悔している。そう、こんな夜に窓を開けていれば――招かれざる客がやって来ることも、あるのだ。ちょうど、今のように。
「よ、バカ殿。」
 美しかった月明かりに影が差す。月を背に窓枠に腰掛けたシルエット。その表情は陰って見えないが、今日もまた笑っているに違いなかった。
「窓を開けといてくれるなんて、サービスいいじゃん。」
「お前のために開けたわけじゃない。」
「そう?まあどっちでもいいや。」
 入れれば関係ねえしぃ。
 そう言って影はするりと部屋に入り込むと、ちょうど窓の向かいにあったベッドにぼすんと収まった。すると遮られていた月明かりが再び部屋を照らし出し、侵入者の姿を浮かび上がらせる。
 猫のような紅い目と、長い三つ編みされた黒髪。
 改めて確認するまでもない。ジュダルだ。
「んで、お前は何やってんの?」
「仕事だ。」
 沈黙。俺が羽ペンを走らせる音だけがカリカリと部屋の中を支配する。
「…なんか今日のお前、おかしくねえ?」
「そうか?」
「いつもなら、出て行けってすぐ追い出すクセによー。」
「出て行ってくれるならそうして貰えると助かるが。」
「あ、もしかして遂に俺と組む気になってくれた?」
「ジュダル。」
 ペンを置いて、ぐるりと首だけをベッドの方に向ける。少し、睨んだ。
「居てもいいが、それ以上無駄口を叩くな。」
 殺すぞ。
 低い声でそれだけ告げる。机に戻した視界の外で、僅かに空気が震えた。
「わお。」
 それまでとは異質な笑い。戦を望む黒いマギの本性が室内に溢れ出す。
「こりゃまた随分と機嫌悪いじゃんよ、シンドバッド。」
 ジュダルの声が愉しげに躍る。黙殺してペンを動かし続ける俺に構わず、続けた。
「もしかして、いつもお前と一緒にいる…なんつったっけ。じゃーふぁる?とまするーる?つった?あいつらと喧嘩したとか。」
 カリカリ。
「チビのマギとか、あの隣にいた全っ然王の器もねえガキが言うこと聞かないとか。」
 カリカリ。カリカリ。
「…俺、思ってたんだけどさあ。」
 カリカリ。カリカリ。カタン。
「お前って、結構性格悪いよな?」
「今更気付いたのか?」
「へえ、自覚あったんだ。」
「…お前もマギなら、王というのがどんな存在か知ってるだろう。」
 それまでペンを走らせていた羊皮紙に目を落とす。
 執務で忙殺される時間。街を歩けば向けられる期待の視線。部下からの厚い信頼。スラム街に流れる嫉妬の目。他国が寄せる警戒と牽制。
 王の仕事を知らなかったわけではないし、辛いと感じたこともない。ただ、本当に時々、ほんの少しだけ。
「王って奴は孤独な職業だよなぁ?」
 自分と一向に目を合わせようとしない俺にも気分を害した様子なく、ジュダルの声が新しい玩具を見つけた子供のように弾んだ。
「しかも常に自分より他人を優先しないといけない。俺なら絶対なりたくないね。」
「だからシンドリアの王を止めて俺のものになれ、か?余計な御世話だ。」
「そうかな。古来、王の末路なんてのは哀れなもんだ。ローマのネロに、殷の紂。王も人間。孤独と欲には勝てねえんだよ。」
「それで。」
「自分の為に力を使いたい。思ったことがないとは言わせないぜ?七海の覇王シンドバッド様よお。」
 一際ねっとりと絡みつくような声で名前を呼ばれる。身体に突き刺さる視線は俺の心を見透かしてでもいるように鋭い。
 それでも沈黙を続けていれば、子供らしく飽きっぽいジュダルはやがて自ら帰って行ったかも知れない。しかし、俺はそこで敢えて身体ごとジュダルの方に向き直った。かち合った視線の先で、想像していた通りの喜色満面の笑顔が待ち構える。
「やーっと、ちゃんとこっち見てくれた。」
「教えておいてやる、ジュダル。」
「ふうん…何を?」
「本当の賢君は、人間には出来ない。」
「だから?お前は人間じゃないから大丈夫って?」
「いや、俺は人間だよ。だから――時々、怖くなる。」
 不意に部屋が月明かりを失って暗くなった。雲がかかったのだろう。
 ちょうど良い。きっと今の俺は酷い顔をしているに違いない。
「自分の中に悪魔が住んでることを俺は知ってる。…偶にな、囁くんだよ。」
 この国を壊してしまえば楽だろう。
 国民から収奪すれば簡単に済む。
 戦争をすれば誰にだって負けまい。
 戦えばいい。奪えばいい。殺せばいい。
 お前にはその力があるのだから。
「その声に、耳を傾けそうになることがある。」
 英雄が聞いて呆れる話だった。弱い者の味方?貧しい者の光?まさか。本当は分かっている。本当にそう思っているならば、王なんてやっていない。ほら、あのアラジンに選ばれたアリババは王にならなかったではないか。
 民を支配するのが王の仕事なら、心のどこかで他人を見下す心がなければ出来ない仕事なのだ。国の為に働く度に、英雄と呼ばれる度に、心の中に黒い感情が澱のように溜まっていくのが分かる。
 今のお前の笑顔は本物か?
 優しい言葉は本心か?
 あの日カシムが叫んだ謗りを俺は本当に否定出来るのか?
「だから、俺は別に強くなんてないんだ。…本当はな。」
「諦めろって?」
「ああ。」
「分かってねえなあ、バカ殿は。」
 ジュダルの溜め息が空気を通して伝わってくる。うっすらと利いてきた夜目に、ベッドの上で胡座をかいたジュダルの姿が映った。
「俺はお前の純粋な力が欲しいんだ。賢君かどうかなんて知らねえよ。それにさあ、お前も分かってんだろ?」
 未だ幼い黒いマギ。求めるものは力と戦争。無邪気に無秩序を求めるその姿が、もし力を持ちすぎた子供の不幸なのだとしたら。
 それは、俺の似姿とも言えるのかも知れない。
「俺と組んだら楽になるぜ?」
 英雄は死んで完成し、王はいずれ堕落する。
 ならば、生きたまま英雄と呼ばれる人間はどうすればいい。堕落を恐れる王はどうすればいい。
「…言っただろう、俺はお前とは組まない。」
「ちぇ、つまんねーの。」
「いい加減帰れ。本当に殺るぞ?」
「おーこわ。今日のバカ殿はマジで容赦ねえや。」
「機嫌が悪いんだ。実を言うと酒が足りなくてな。」
「やだやだ、これだから大人は。分かりました、今日のところは帰ってやんよー。」
「二度と来るなガキ。」
 月から雲が消えて再び光が差し込んでくる。ジュダルがぴょんとベッドから飛び降りて、窓枠に足をかけるのが目に入った。
 そのまま飛び去るかと思いきや、ふと頭だけを俺の方に向ける。
「そう言えばさ、シンドバッド――」

「シン。入っても?」
「ジャーファルか。どうした?」
 ジュダルと入れ替わるようにして訪ねてきた一番の部下を部屋に招き入れる。ジュダルとは対照的に了解を得て入室したジャーファルは、どこか不安げな声で窓の外を見つめる俺に問うた。
「…またジュダルですね。大丈夫でしたか?」
「見ての通りだ。追い返してやったよ。」
「なら良いのですが…」
「なあ、ジャーファル。」