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短編ログ(阿国と高杉・白夜叉と高杉)

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阿国と高杉

「おぬし、死相が出ておるぞ」
 何のことは無い。江戸の中心部を流れる川にかかった大きな橋の上だ。
 擦れ違いざま吐き出された聞き捨てならない言葉に高杉は足を止めた。無視しようかとも思ったがやめた。どこから声がかかったのかと振り返るが高杉の目線に姿はない。首を傾げて空を見上げ雲の流れを目で追ってから、ゆっくりと目線を戻す。
 だが高杉の視界に入るのは忙しなく行き交う人々の背中と顔だけだ。
「おい、どこを見ておる。ここじゃ」
 再び聞こえた声にまさかなと思いながらも俯くとそこにはおかっぱ頭の幼女が無表情のまま高杉を見上げていた。
「……」
 まるで巫女装束のような白い着物に赤い袴を穿いた幼女は帯刀している高杉相手でも怯えた様子もなく堂々としている様が気に入った。
 にやりと口元を緩め、袂を探って煙管を取り出し肉厚な唇に咥える。
「死相か」
「そうじゃ。気をつけよ」
「気をつけたらその危険とやらは回避されるのかィ?」
「いいや…その者の運命は変えられん」
 躊躇いもなくばさりと言い切った幼女を面白そうに眺め下して顎を指で撫でる。
「それなら死に逝く者へ慈悲を頂こうか」
「慈悲?」
 腰に差してある愛刀に手をかける。心持、顎を持ち上げて小さな少女を殊更嘲るように見下ろした。親指の腹で柄を押し上げる。人通りは決して少なくないこの橋の往来で高杉は刀を僅かに抜いた。
 鬼兵隊を図らずも復活させてから自分自身は余り刀を抜く事はなくなってしまった。専ら若い志士たちが手柄をあげようと動いてくれるおかげで高杉はこの少ない手駒でいかに効率よく、かつ残酷に幕府転覆を成せるか頭の中に描くことに専念できる。
「…わしを殺すのか」
 眉一つ動かさず少女は高杉を見上げた。視線が曇っていない。透き通った瞳は確かに千里眼の持ち主などと呼ばれるだけのことはある。
 だが。
「自分自身の運命は見えねェのか」
 ふと物珍し気に目を瞠った男に微笑みかけて少女は人差し指を自分に向けて瞼を下ろした。
「見えずともわかっておる」
「……」
 ふと高杉はこの少女の哀れに気づいた。澄んでいると感じた瞳は実はそうではない。そうではなく諦めた者だけが持つ奇妙な透明さなのだと気づくと急にバカらしくなった。
「俺も見えるぜ。光が片方だけだとな半分身が闇に溶けちまってるからよおく分かるのさ」
 言いながら真っ白い包帯を巻いた左半分を掌で覆う。
「見えねェものも見えてくる。見たくねェものも見える」
 乾いた音をたてて鞘へ押し込むと踵を返す。男の気紛れはよくあることでその派手な着物を纏った背中を少女は幾許か無言で見つめたあと僅かに腹に力を入れて声を張った。
「慈悲と言うたな!」
 喧騒のなか、高杉の足がぴたりと止まる。振り返りはせぬまま背中で少女の声を受け止めた。
「お前は慈悲など求めてはいないくせに!」
「……」
「お前が本当に真実求めているものは…」
「ガキが、甘っちょろいこと言ってんじゃねーよ」
 少女の言葉を遮るように高杉は僅かに声を荒げ首だけ巡らせて振り向いた。
「……」
 空が高い。風も川面を滑る水音も人々の話し声も足音もすべてが少女の世界から消えて男だけを捉える。感覚が酷く痺れていた。
「…逢える」
「……」
「じゃがその再会はお前に苦痛を齎すだろう」
「苦痛か」
「そうじゃ、紛れもない苦しみと痛み」
「…へェ」
 うって変わって高杉の纏う空気が一変した。刺々しく険しい表情がみるみる緩みやがて微笑へとかわる。
「そりゃあ楽しみだ」
 心底、機嫌をよくしたように笑う顔を編み傘を深く被る事で隠して煙を思い切り吸い込んだ。
 再び背中を向けた高杉は今度はもう振り返ることはなかった。
「どこへ行く」
「祭りがあるんだってなァ…」
 そういえば今日は開国してから幾年目かの記念日だと言われて気づく。辺りを見回して浮き足立ったひとびとの雰囲気になるほどと納得した。風に乗って流れてくるのは祭囃子と甘い匂いだ。全く気が付かなかった。そうしている間にさきほどまで確かに存在していた男の背中が人ごみに紛れてしまった。目線だけで追ったがもう姿形、気配すらない。
 見えると言い切った男の目にあるのは空虚だ。
 何も期待はしていない。生も死も彼に何かを与えることも…奪うこともすら出来ないことを知っているのだ。
「……」
 少女はふと、男の哀れをみた。











白夜叉と高杉

 いたい、と言葉に出すと片方の目が我慢できずに潤む。しかし力を弛めるどころか白夜叉は大きく硬い掌と指先で弄っていた胸の肉粒にさらに苛虐を加えた。それは彼の思うがまま色を変え形を変え歪に膨らんでゆく。
「殺してやる…ッ」
 呪いの言葉のように唇を噛み締め呟けば銀時は口端を吊り上げて笑った。

 人ごみに紛れて歩いているはずだった。しかしそれは唐突に我が身に降りかかり高杉は咄嗟に抵抗も出来ぬまま人の往来が活発な大通りが目と鼻の先の路地裏に引きずり込まれた。強かに薄い腹を殴られて嘔吐感を堪えるように蹲ったところを拳が顎先に飛んできた。避けきれるわけもなく薄汚れた壁に叩き付けられる。
 衝撃に一瞬、意識が飛んだ。
 一方的かつ、圧倒的な暴力だった。
 喘ぎながらそれでも目を開けると霞む視界に飛び込んできたのは銀白だ。見覚えのある歪な笑い顔に他者を凍りつかせるほどの冷たい眼差し。だがそれは微妙な熱に浮かされていた。

(白夜叉…)

 彼は過去に自分を苛み続けた白い夜叉に他ならない。

「逢いたかったよ、高杉」
 
 耳朶に唇をぴたりとつけて囁く声は以前と何も変わってない。ねっとりとまるで熱帯夜を思わせるほど肌に纏わり付いてくる低く湿った響きにぶるりと身体を震わせて閉じていてた剥き出しの目を薄く開いた。驚くほど間近に白い夜叉の顔がある。

「なん、で…てめェが…ッ」
「ひでぇ言われようだなあ、おい。あんなに俺のこと好いてたじゃねぇか」
 れろりと頬を舐められて余りの気色の悪さに鳥肌がたった。嫌悪感を込めて睨み上げると唇が近づいてくるので咄嗟に力一杯背けた。すると今度は顎を砕けるのではないかと思うほどの力で掴まれる。
 無骨で、ごつごつとして大きな手だった。
 紛れもない銀時の。
 高杉が愛した銀時の手だ。
「はな、せ…このくそ野郎が…!」
 そう吐き捨てた歪な高杉の顔をみてせせら笑い白夜叉はゆっくりと見せ付けるように高杉の裾を割った。
「ずっと探してた…なのにあの野郎が逃げ出しやがって…ほんとに仕方ねェ野郎だよ、銀時は」
 高杉はぎりぎりと奥歯を噛み締めた。
「けどなあ、お前らが攘夷だテロだと銀時を巻き込んでくれるおかげでこうして俺が外に出られるようになったんだよ。礼言わなきゃなんねーよな」
「…っ」 
 直接、硬い掌で性器を握られて悲鳴を上げかけた。
 腕に爪をたてる。
 弱弱しい抵抗が、逆に白夜叉の情欲に火をつけているのか指は器用に動きながら高杉を追い詰めていく。
「…つから…」
「ん?」
「いつからだ…」