二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

花月夜

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 



「ところで何でェその行李はよ」

精も魂も尽き果てる程に抱き合った翌朝、寝乱れた褥で長曾我部は、この小さな庵での毛利の定位置である、文机の傍に置かれた小さめの行李に目を留めて訊いた。いつもは昇陽と共に早々に褥を出て身支度を整え、だらだらと横たわる長曾我部を厭わしそうに見遣る毛利も、今日に限っては身を起こすのも億劫のようで、長曾我部の隣で横たわったままである。これ幸いと抱き込んでくる長曾我部の腕の中で、煩わしげに憮然と答えた。

「塩よ」
「塩ォ?!何でそんなモンがここにある?」
「黒田が送って寄越したのよ」
「黒田だとォ?何でまた塩なんだよ?」

長曾我部が素っ頓狂な声で喚いた。彼が必要以上に驚くのも無理からぬことで、この瀬戸海は他所へ売る程に塩があるのだから、わざわざ穴熊に塩を送ってもらう謂われなどない。それに加えて、長曾我部は黒田に対して以前からある鬱屈を抱えていた。その黒田が毛利へ塩を送ってきたという事実が癇に障って仕方が無い。
そんな長曾我部の内心を知らぬげに毛利は、面倒臭そうに答えた。

「『敵に塩を送る』だと文には書いてあったな」
「ありゃ内陸の武田だから意味があんじゃねェか。何考えてんだ黒田の野郎は」
「あれも聡いのか阿呆なのか分からぬ男よ。祝いだとぬかしおった」
「祝い?何かいいことでもあったのか?」
「別に目出度くもないが。我の生まれ日の祝いだと言っていたな」
「……いつ」
「今日よ」

長曾我部の身体が驚きに強張る。そして毛利の両肩を掴み、何を驚いているのかと怪訝そうに眉を顰めて見返してくるその瞳を覗き込んだ。

「え、本当か?つか何で教えて……黒田は何で知ってやがんでェ?」
「何故貴様に言う必要がある。黒田が何故知ってるかは知らぬ」
「ホントつれねェなアンタ……」

慌てる長曾我部に淡々と答え、毛利はようやく力の緩んだ腕の中から抜け出して、気だるそうにゆっくりと起き上がった。大きく開いた袷や裾から覗く胸元や太腿を、長曾我部の視線から隠すように背を向けて立ち上がり、引っかかっていただけの帯を解いて袷を直す。もともと器用な方ではない手先で帯を結ぶが、出来あがった結び目はどこか不格好で、その毅然とした立ち姿とのちぐはぐさが長曾我部の笑みを誘う。毛利は振り返ると、にやつく長曾我部を不審げに見下ろしながら言った。

「煩わしいことだが、今日は城中でも祝いがある。もう戻らねばならぬゆえ、貴様も疾く去ね」
「へえへえ。わかりましたよ、っと」
「我は要らぬゆえ、そこの塩も持って行け」
「何ィ?!俺だって要らねェよそんなカビ臭ェもん」

やっと起き上がり、寝乱れた格好のまま胡坐をかいて腹を掻きながら、長曾我部が毛利に噛みつくように言った。よりにもよって黒田が寄越したものなど、触るのも業腹だ、と内心で憤慨する長曾我部に、毛利はせせら笑うかのように、たっぷりと意を含んだ口調で言った。

「では仕方ない。昔馴染みの黒田のせっかくの厚意よ、我が使うことにしよう」

長曾我部は、ぐっと息を詰めた。今の言葉で気付いた。長曾我部が黒田に対して抱えている感情を、毛利は知っていたのだ。長曾我部は喉の奥で唸る。最初から毛利は、長曾我部の鬱屈を揶揄するつもりでこの庵に行李を持ってこさせたのだ。長曾我部がどういう反応をするかを全て見越した上での会話だったのだ。毛利の底意地の悪さには腹が立つ。腹が立つ、が、結局憎めはしない。

「てめェ、この性悪が」
「それでも貴様は我が良いのだろう」

しれっと言い放つ毛利の傲慢な態度に頭を掻き毟りたくなるが、その通りなので言葉も無い。長曾我部は、せめてもの意趣返しにと特大のため息を吐いてみせるが、毛利に応えた様子は無い。我関せずとばかりに、なかなか動き出さない長曾我部に構わず、放ってあった袴を身に着け始めた。だが元々一人では着づらい上に不器用な毛利には手強い相手だ。見かねた長曾我部がちゃんと着せてやると、毛利は礼も云わぬばかりか、足で足袋を引っかけて長曾我部の前に差し出した。履かせて紐を結べということらしい。長曾我部は、その細い足首を引いて押し倒してやろうかと思ったが、不毛なので止めておいた。毛利様のお言いつけ通りに足袋を履かせ、せいぜいこのくらいは、とばかりに最後に滑らかな脹脛をひと撫でしてやる。
―――案の定、蹴られた。

毛利が城へ戻った後、長曾我部は黒田から送られてきたという行李を前に悩んでいた。
黒田とのそもそもの出会いがいつだったかは覚えていない。だが、毛利が黒田をいたぶるのを見るにつけ、面白くない、と胸の辺りがもやもやとした気分になったことは覚えている。それが何故かも分かっている。その時の毛利が物凄く楽しそうだからだ。別に毛利にいたぶられたいと思っている訳ではないが、例え目的がどうであれ、毛利があんなにも活き活きと向き合う相手がいる、ということがもう面白くない。自分には見せない顔がある、ということがもう面白くないのだ。馬鹿げた独占欲であることは自覚しているが、意志の力で止められるものならばとっくに止めている。
また黒田の態度も気に障る。小賢しい企てで暗躍しては、その度に毛利や大谷に見つかっていたぶられる。諦めが悪いのか、懲りずに何度でもだ。まるでいたぶられるためにやっているようにしか見えないこともある。またその度に黒田は毛利に『昔はそんな奴じゃなかった』と恨み言を言うのだ。その馴染んだ空気が気に障る。表面的には上下関係があるように見せながら、結局この二人の関係は安定している。
そしてその安定は、自分と毛利の間に一番欲しくて、一番足りないものだ。
だから長曾我部は一方的に黒田に鬱屈を抱えているし、殊に毛利のことに関しては負けたくない、という思いが常にある。その為に今、腕を組み、考えているのだった。



**********



朝に毛利と別れた庵を、長曾我部は再び訪れていた。春まだ浅い夜は肌寒く、人の気配の無い庵の周囲は静まり返っている。いつもの通りに縁側から上がって木戸を開けようとするが、右手が塞がっているため左手一本では開けにくい。諦めて右手に抱えていたものを床に置き、今度はすんなりと開いた木戸の向こうの暗がりに、長曾我部は思ってもみなかったものを見た。

「やはり来たか」

つまらなそうな声で、何故かそこに座っていた毛利が言う。灯り取りの障子窓から注ぐ月明かりが、ぼんやりとその姿を浮かび上がらせる。白い面に光が反射して青白く光り、まるでひとでは無いもののように見える。例えもしあやかしだったとしても、囚われずにはおられぬほどに――
――…綺麗だ。
毛利がそこに居たことに驚く前に、そう感じた自分の救いようのなさを、長曾我部は心の中で哂った。

「何で居るんだアンタ?」
「我の庵に我が居て何の不思議がある」
「そうだけどよ。灯りも無しに何やってんだ?」
作品名:花月夜 作家名:亜梨子