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インソムニア

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「インソムニア」
 アップルが放った聞きなれない言葉にクラウスは面を上げた。大広間でシュウと三人、先のルカ・ブライト戦の解析が一段落した時だった。
「なんでしょうか、それは」
「不眠症。睡眠障害のひとつ」
 代わりに答えるシュウに、アップルは頷く。
「実は、不眠症の傾向がある兵の数が増えたと、各隊の隊長から報告があがっています」
「不眠症、ですか? 戦は終わったというのに」
 クラウスは首をひねった。ルカ・ブライトが死んだ今、戦いは落ち着いたといっても過言ではない。しかしシュウは頬杖をつくと、わからなくもない、と呟いた。
「敵として圧倒的な存在がいなくなった。壮絶な最期をもってして、だ。ルカに苦しめられた者は恐怖から解放されると同時に、奴の所業も思い出すのだろう。トラウマというやつだな」
 なるほど、そこまで考えが至らなかった。思わずクラウスは唸る。しかもそれは自分だけのようで、アップルも神妙な顔で話を続けた。
「シュウ兄さん、そういった兵たちには休暇を与えるべきでしょうか?」
「さぁな、ホウアンは負傷者の治療で手一杯だし、そもそもうちには精神科医がいない」
「やはりそれぞれの隊長にお任せするしかないですか」
「いや、そこまでしなくていい。ただし帰宅希望者がいたら、なるべく帰らせるように」
 そう言ってシュウは立ち上がる。一旦休憩、の合図だった。


作品名:インソムニア 作家名:深川千華