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篠原こはる
篠原こはる
novelistID. 11939
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平和島さんと僕

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ひどく穏やかな空気をまとって、いつかの交差点で空を見上げていたときのように何か願いごとがあるみたいに空を眺めていた。握り締めた鞄紐は強く握りすぎてギリギリ音を上げた。今度こそ、など覚悟を決めたけれど声をどうしたら掛けられるのか解らなくなって帝人の足は動かない。視線だけが男を見つめて、煙草を掴む指を追った。口許に寄せられた長い指のしなやかさ。不意にあれに触れられたら自分はどうなるのだという想像が脳裏によぎって、倒れそうになった。一体なにを思うのだ。

(へん。僕……変だ)

男の指、手、仕草、動作。なにがどうってことはない。寝てもさめても、彼の手が脳裏に、網膜に、張り付いてとれない。そのことが鬱陶しくもあり、ひどく喜ぶべきことのようでもあり、よくわからなくなる。掛けられる言葉を持たないくせに、声を掛けてみたいなどどうかしている。じっと見つめていたら気付いてもらえるかななど、とても他人任せなことを思ったがそれは叶えられなかった。
男は二本ほど煙草を消費して、しばらく空を見上げていたが気が済んだとばかりに立ち上がってその場を後にした。視線に慣れているのか、それとも鈍感なだけかそれは知れなかったが彼は最後まで帝人の方へ振り向きもしなかった。男が一本目の煙草を携帯灰皿に投げ入れる姿も、二本目の煙草を取り出して火を点ける姿も帝人は見ていた。
同じ仕草を彼以外がしても、思うように綺麗にうつらない。そのことは確かに解るのに、それ以外は何もかも帝人には不明瞭でよく、わからなかった。
溜息は出ない。
溜息のかわりに吐き出されたのは音に出したくて仕方なかった彼の、名前が零れ落ちた。


「平和島、静雄さん」


視界のうんと遠くを彼は長い足に任せて歩いていく。もう、じきに帝人の視界から男の背は消える。もちろん、帝人が視線を外せない手はもっと小さく消えていった。
落ちた名前も舗道の上に染みこんで消えているのだろう。誰も帝人の声を拾う人間はいなかった。






でも、続くかもしれない。
タイトルどおり。無自覚に帝人は静雄にフラグたつ。むしろ自らたてる。男前。

作品名:平和島さんと僕 作家名:篠原こはる