ソフィアとアンソニー(レイトン)
──そんな話をいつしかしたけれど、まさか自分から離れる日が来る何て考えたこともなかった。いや、嘘だ。あの呪いのガスが出てしまってからは色々なことを考えた。たった一人で。今までは何でもアンソニーと話しあって決めてきた。二人でうんと知恵を出し合って、一番良いと思える結果になるように努めてきた。
けれど今回のことは自分のほぼ独断だ。許さないと罵るアンソニーを、置いてきた。捨てたつもりなんてない。そう思っているのは、この駅のホームに来るまでの間にやにやと笑みを浮かべて「捨てられたのね、ついに」なんて囁き合う街の女たちだ。
(捨てたんじゃない)
でも、その事実を知っているのはソフィアだけだ。
(今も愛してる)
でも、それはもう自分だけかもしれない。
身を裂かれるように、痛かった。どこが痛いんだろうと考えたら、心臓だった。もっとよく考えてみたらそれは心で、アンソニーを想う恋心だった。
「アンソニー」
名前を呼んでみたら、それは何よりも寒々しく聞こえた。
呼び掛ける相手が居ない声と言うのは、こんなにも寂しかったのか。
くじけそうになるその前に、お腹に手をあてた。
この子の為に、自分はこの街を出なくてはいけない。
いつか話した夢を、アンソニーは覚えてくれているだろうか。手紙を書いてほしいと自分が言って、それを喜んだ彼が抱きついてくれたこと。身近にあった天使のような造作。あれは、奇跡だったんだろうか。
これから自分は街を出る。このホームから列車に乗って、そして戻ってはこない。
アンソニーと会うことも、もう叶わぬかもしれない。
列車のベルが鳴って、足を動かした。
誰も隣でエスコートなんてしてくれなかった。恥ずかしいからやめてほしいといっても、手を離さなかった彼はいなかった。
手紙なら、何があってもいつか届く。
自分が言った言葉だけを勇気にして列車に乗った。
「愛してるわ、アンソニー」
窓を開けて眺めた欲望の街で、あの天使はどうしているだろう。あのときのように、子犬のように眉を下げて泣いているのだろうか。
考えたらまた胸が痛くなって、窓を戻して席に体重を預けた。景色だけを置いて列車が進む。
目を閉じた。何度も、何度も胸中で叫んだ。
貴方を、愛してる。
貴方あの時言った、風化しない愛だけを信じて、私は新しい街に行きます。
きっと手紙が届くと、信じながら。
──そして二人の愛は時空を超える。
(久しぶりね、アンソニー)
(待たせてしまって、すまないなソフィア)
(いいのよ。これからは、ずっと、一緒なんだから)
作品名:ソフィアとアンソニー(レイトン) 作家名:伊藤ひのえ