二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

Alf Laylar wa Laylah

INDEX|24ページ/37ページ|

次のページ前のページ
 

 突然の灯火にエドは目を細める。それからゆっくり視線を巡らせて、もっとはっきりと見えるようになった男の顔を観察する。
 左目を覆う眼帯は、よく見ると値打ちものなのがはっきりとわかる作りだった。身にまとう服も、一見簡素だが、質は恐らく最上級。エドは息を呑んだ。こいつは、何者なのだろうかと。
 身に付けた物もそうだが、何より空気が違う。これは、例えばエドのいた街の領主などには死ぬまで備わることのないだろう威厳であり、貫禄であり、迫力であった。
「あんた…誰…」
 男はそこでにこりと笑って、エドの想像のはるか斜め上を行く回答を口にしてくれた。
「そうだな。ちょっと国王業をやっている」
 エドはあんぐりと口を開けて絶句した。今この男は何と言ったのか。
「…こく、おう」
 ゆったりと繰り返して思わず指差せば、男は愉快そうに笑って「その通り」と頷いた。
 頷いて、しまったのだった。
 ――エドはあまりのことにもう一度意識を失いそうになった。
 しかし、ここで意識を手放してしまえるほど、エドは都合よくできていなかった。それに、硬く手を握った瞬間に触れた固い感触に鼓舞された。王様なら、自分の傍にもいることに気づいて。
「…そんなの、あるはずない。だって、国王陛下は都にいるんだ。それに、オレになんか用があるはずない」
 可能性を潰すように口にして、エドは正面を見た。国王を名乗った男は、顔色一つ変えずにエドを見ていた。怒ることも嗤うこともなく。
「…用がないとは、なぜそう思う」
 やがて彼はゆっくりとそう尋ねてきた。訊きたいのはこっちだ、とエドは思わないでもなかったが、話を先に進めることを選び、男の問いに答えを探す。考えるほどの難しいことではなかった。普通に考えて、国王がこんな少年に興味を持つことなどありえないにも程があるではないか。
「…なんでって、だって、…当たり前だ。王様がほしがるようなもん、オレは持ってないし…」
 言いながら、ロイの顔がエドの脳裏を過ぎった。もしも王が望むものがあるとすれば、かつて冒険王と共に在ったあのジン、彼との契約なら申し分ない。だがエドがロイと出会ってまだ二日程度くらいしか経っていない。エドがイフリートの主だと知る者など、まだ世の中にいるはずがないのだ。ロイが知らせを家族に届けたと言っていたから、それが到着しているのなら弟は知っているだろうが、それが全てだ。
 エドは無意識に両手を握った。両の手にはそれぞれ、古びた指環がひとつと、イフリートが刻んだ契約の証、焔の痣がある。ひとりではないのだと、今は強くそれを感じたかった。
「その指」
 静かな声に、握り締めていた両手を解き後ろに回したが、阻まれた。王を名乗った男の隻眼は、焔の証をじっと見つめていた。エドは自制できず大きく息を呑んだ。得体の知れなさに畏怖を感じたが、どうにか声をこらえることに成功する。
「少年。君は封印を解いたね」
「………」
 エドは後ろ手でぎゅっと手を握りこみながら、頭の中では脱出の計画を練る。だが、ここがどこかもわからないのに、どうやって逃げ出したらいいかなど考え付くわけがなかった。まして、相手は気配を覚らせないだけの人物だ。彼を出し抜くのはそう容易いことではないようにしか思えない。
 だとすれば、今優先すべきなのは、彼の目的を知ることなのではないだろうか。エドは冷静にそう考えた。
「…何が、ほしいんだよ」
「何も」
 男は静かに答えた。エドは目を瞠る。
「何もほしいものはない。ただ、邪魔をされたくないだけだ」
「…オレは邪魔なんか、」
「君にも、君が封印を解かれた相手にも、私の邪魔をする気などは確かにないだろう。だが、存在することが既に均衡を崩すのだよ」
「…何を言ってるのか、意味が…」
 男は目を伏せて、暫し沈黙した。
「何年もというのではない。十年…長くても二十年だ。その間、大人しくしてくれればそれでいい」
「二十年も!」
 エドは半ば悲鳴のように繰り返した。
「待遇は保証する。ただ、この中で暮してくれればそれでいい。…イフリートのことも忘れて」
「そんなのいやだ!」
「封印を解かれたといっても、契約の主と永く離れていれば、ジンは気ままな性だ。忘れて、ねぐらに戻るだろう」
「そんな…」
 出会ったばかりだったイフリートのことをエドは思い出す。意地悪を言う、性格のひねくれた男だと思った。だが倒れたエドワードを介抱してくれたり、優しい所だってあった。寂しがりで、なんでもないような顔をしているけれど、親友を今も大事に思っている、そんな不器用な男でもある。確かにイフリートらしく魔法に長けていたけれど、だからといって、無力な人間であるエドワードを馬鹿にしたことはなかった。
 これからようやく、願った通りの日々を、冒険王にも負けない冒険の旅を始める所だった。
 ――こんなことになるのなら、彼の言う通り、バザールになんか寄り道しなければよかった。あの時の自分を殴ってでも留められたらどんなにいいだろう。
 エドはぎゅっと膝を握り締める。涙が落ちそうだった。
「…そんなの、いやだ…」
「――後で食事と着替えを持ってこさせよう。それから、ここは後宮だ。この国で一番の監獄だから、逃げ出すことは諦めた方が身のためだぞ」
 王を名乗った男は、エドの訴えにはもはや何も答えず、必要なことだけを口にして部屋を出て行った。
 そうして、エドは、自分が閉じ込められた檻の名前を知った。
 
作品名:Alf Laylar wa Laylah 作家名:スサ