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Alf Laylar wa Laylah

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 といっても、すぐに暴れて目をつけられるのは避けたい所なので、今は大人しく機会をうかがっているのだが。何しろ後宮には女を逃がさないための仕掛けが多く、加えて今は魔よけの結界まで張られているせいで、指環のジンの助力だけではそう易々と逃げ出すことも出来なければ、どこかにいるはずのロイに呼びかけることさえ難しかったのだ。
 ちなみに、最初に会った日から後は、一度も王には会っていない。こちらから会いに行くことはできないから、相手が来ない以上は会うことはない。
『でも、惚れた女に一筋ってのは、気があう気がするね』
「…でも、それ、ほんとなのかなあ」
 エドは頬杖を片手に組み替えながら、疑問を口にした。
 後宮には女性が数多くいる。王が征服した国や街の重鎮の娘達が多く、姫と呼ばれる身の上の女性も少なくはない。だがそうして献上された女たちの許に王が足を運ぶことはほぼなかった。彼は殆どの時間を正妃の許で過ごす。故郷を滅ぼされた以上はなんとしても我が血を時代の王に、と願う女たちにとっては屈辱もいいところだったが、実際、彼女たち異邦の女から王の子が生まれた例はない。王子にいたっては二人いるだけで、それとて正妃ではないがこの国の女の胎から生まれていた。もっとも、王の子を生んだ女はその半数以上が出産と同時に息を引き取っており、何か呪いでもあるのではないかと恐れられてもいた。正妃が生きているのは、彼女が王の子を生んでいないからだとも言われている。それは、正妃の呪いではないか、という噂をも生んだが、王によってそれらの流言に関わった者は処刑されていた。
 王は正妃を愛している。一目惚れだから、と酒宴の席で王は笑ったという。だが実際のところなど誰にもわからない。
 しかし、冒険王は『いやいや、俺は信じるよ、男ってのはな、そういうもんだろう!』なんて断言してくれる。それはあんただけだって、とエドは溜息をつく。冒険王こそ、献上される女まで全て断ったという史上最強の愛妻家。そんな彼と同じ男などいないだろうと思うのだ。
 …しかし、そこまで考えて、エドは自分の父親を思い出した。身近にもいたのだ、似たような愛妻家が。
「…まあ、それは、どっちでもいいけど。…どうやってここから抜け出すかなあ」
 エドは溜息をついた。
「なあ、おっさん。あいつ呼んだら出てくるとか出来ないのかなあ」
『そうだな、契約の主が呼べば、あいつはどこにいようと聞こえるはずだぜ、それこそジャハンナムにいたとしても』
「…なあ、話途中だけど、ジャハンナムってほんとにあんのか?」
『そうだな、俺も行った事はない』
「あ、そうなんだ」
『ないが…そもそもジンは悪魔ではないしな。ジャハンナムにいるのはイブリースだけだろう』
 エドは眉間に軽く皺を寄せた。
 悪魔の階級について(同様に御使いの階級についても)は経典に記されていたが、いまひとつ煩雑でわかりづらかった。しかし、とにかく、アル・シャイターンとも呼ばれる「イブリース」という魔王が治める場所であり、イブリースとは最も強大なジンでもある…らしい、というのが通説のようになっている。というよりも、ジンの示す範囲が非常に広範であるために、悪魔も悪霊も、人に害を与えない精霊も、ちょっとした悪戯をする小鬼の類も、皆がみな「ジン」と一言に括られてしまっているのが複雑さを生む原因となっているのが真実。加えて、経典を解釈する聖職者たちの中でも理解の方向には差があって、何が正しいかもわからないのが実態だといえる。
「イブリースって…いるの?」
 純真な子供の問いかけであったなら、大人は、脅すかからかう目的以外では「いる」と答えないだろう。だが質問したのはエドで、されたのは元人間、冒険王と呼ばれた剛毅な男が転じたジンである。そうした一般的な意図とは外れたやりとりになるのは、自明の理だった。
『俺も会ったことはない』
 が、とマースはやや間を置いた。エドも特にせかしたりはしない。
『実は同じ事を、俺はあいつに聞いたことがある』
「ロイに?」
『そう』
「あいつなんて?」
『いる』
 マースの答えは短かった。エドは自然と黙り込む。
『…まあ、その話は後でいいだろ。合流した後、あいつにじっくり聞いてくれ』
 黙りこんでしまった少年に何を思ったか、マースは殊更明るい声で話題を換えた。
『それより、あいつをどうやって呼び出すか、なんだが』
「あ、…うん、どうにかなるのか」
『エドは正式な契約者(パートナー)だからな、絆が強い。結界さえ何とかできれば、呼ぶ声も届くだろう』
 エドは瞬きして首を傾げ、頬杖を解いて、思わず指環を覗き込んだ。何かが引っかかっていた。
「パートナー、って。おっさんもそうだったんだよな?」
『いや?』
「……え?」
『ああ、確かに契約者ではあったさ。でもな、あの時はよくわかんなかったが、俺とおまえの契約は違う』
「…どういうことだよ」
『俺のは仮契約に近かった。おまえみたいに、呪印が出ることはなかった』
 エドは眉間に皺を寄せた。話が見えない。
『俺もジンになってみて段々わかってきたんだが…、誰でもジンと契約できるわけじゃないんだ。そういう意味で俺は運がよかったんだろうが…ジンが気に入るかどうかっていうのも大きいが、人間にもそれぞれ魔力なり何なりが備わっててさ、それが強ければ強いほど、ジンとの結びつきは強くなるんだな、これが』
 つまり、と彼はゆっくり言葉を接いだ。
『おまえの魔力は、人間にしちゃ強いんだ。おまえの家にいっぺんいってみてわかったが、多分…おまえの親父さんの遺伝だろう』
「親父の?! …でも、親父、錬金術師だぜ? 魔導師じゃねえよ?」
 それなのに魔力が強いのか、と問う少年に、ああ、と指環のジンは答える。エドは絶句するしかない。
『まあ、他にも契約のレベルの由来はいくつかあるんだが…それはそれとして。とにかく、契約の証が体に形として残るってことはな、それだけ強い結びつきがあるからなんだ』
 少年はのろのろと、左の薬指、その根元に黒く続く、焔が巻きついた痕の黒い痣を見つめた。ロイとの契約の証。自分が主である証拠。
「…ほんとかぁ?」
 半信半疑で問いかければ、信じる信じないは自由だぜ、とはぐらかされる。エドは溜息をついて、とりあえずは信じることにした。
「じゃあ、オレの声はよく聞こえるはずなんだ?」
『まあ、理屈ではな…ただ』
 マースの語尾がうなるようなものになる。エドは眉間に皺を寄せた。
「ただ? なん、…っ?」
 石に顔を近づけようとしたエドは、気配を感じ、弾かれたように顔を上げた。鋭い、射るような視線がどこから送られている。どこだ、と探すが見つからず、…けれど気のせいか、と顔を戻しかけたその途中で、中庭に先ほどまでは確かにいなかったはずの人間を見つける。
「えっ…」
 後宮に王以外の男がいることはありえない。だが、そこにいたのは、その「いるはずのない」男だった。年の頃はエドとあまりかわらなそうな。
「新顔カ?」
作品名:Alf Laylar wa Laylah 作家名:スサ