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Alf Laylar wa Laylah

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 とはいえいくつになっても(というほどの年齢では二人ともがなかったが)親にとっては可愛い子供であるし、経験はさほどに多いともいえない。母が息子の「冒険」を留めるのには、やはりそれなりの、尤もな理由が存在していたのだ。
「…まさか、それが?」
 弟は、兄が昔から、一途にといっていいほどに「冒険王の物語」に心酔していたことを知っている。というより、彼も含めて男の子は皆そうだった。誰もが一度は、魔法の絨毯というものに憧れたことがある。だが、それは子供時代に誰もが見る夢であり、長じれば「あれは物語だから」と区切りをつけるのが普通だった。
 しかし、エドは違ったのだ。なまじ優秀すぎるのも困りものだった。彼は冒険王の一代記を今に伝わる全てのバージョンに渡り可能な限り読み漁り、恐らくは都にもないであろう正確な年表を作り上げた。当時の地図を手に入れ、件の年表と地図を付け合せ、冒険王の足跡をひとつひとつ検証していった。これらが、既に彼が十代に入る頃には為されていたのだから末恐ろしい。文献を集めるのはそうたやすいことでもなかったはずだが、交易路の中心たるこの都市の立地と父親の錬金術師の肩書きがそれには大いに役立った。この件に関して、未だに母の怒りはとかれておらず、ただでさえ母に頭の上がらない父は、さらに母に頭が上がらなくなってしまった。
 そうして足跡を絞り込めばあとは実証とばかり、エドは、親の目を盗んであちこちへ放浪を繰り返すようになった。といっても長くて数日の旅であるから、確かに目くじらを立てることではないかもしれない。実際エドより幼い商人見習いというのはいくらでもいたし、遊牧民の子であればとっくに独立していてもおかしくはない。実際、エドと幼い頃遊んだ仲間の中には、そろそろ父親になる連中だっているのだ。
 だが、エドにしても弟のアルにしても、そうした普通の子供達とは少し事情を異にしていた。父親が錬金術師であることが勿論最も大きな理由だが、母親もまた領主の親戚筋に当たる家の出であるため、おいそれと自由に歩き回っていい身分ではなかったのだ。どんな火種になるかもしれない。ちなみに、母親が幼い子供達に寝物語をいくつも聞かせてやれたのは、彼女自身がその出自のゆえに教養が高かったことに由来してもいる。
 幸か不幸か、この街は冒険王が生まれた街でもあった。彼はこの街で生まれ、他の多くの子供達と同じように商人を目指してキャラバンに加わった。そしてその先で盗賊と遭遇し、命からがら逃げ出した先で強大な力を持つジンと出会い、数々の冒険をすることになったのだと伝えられている。その冒険の数々は全てが伝わっているわけではなく、市井の子供達は最後にして最大の冒険、悪者に乗っ取られた国を救い見事囚われの姫の心を射止めた、という話くらいしか知らない。それでも皆が冒険王を今でも愛していることにかわりはなく、ジンにもいいジンがいるのだ、と信じていることは確かだった。
 そんな街の状況と子供達の両親の素性がエドに自由を許していたし、しかし同時に本当の自由を約束してはいなかった。今は母が角を出す程度で済んでいるが(しかしそれはそれで恐ろしいのだが)、エドが本当に半年、一年とひとりで姿を消したらそれはそれで大事になるのは目に見えていた。そうなったらもう誰も許してはくれないだろう。エドの自由を。
 街の人間、いや、領主は、錬金術師の才能を敬っているが、同時に恐れてもいる。その才を引き継ぐ子供達も含めて。いずれ首輪をつけられ飼いならされる未来は想像するまでもなく理解できていた。父は母を真実愛していたからそれでもよかっただろうけれど、何も外のことを知らないままで街の中で朽ちていくのは、とてもエドには我慢できなかった。領主は珍しい「錬金術師」を都への手土産に考えているのも知っているが、この街が都に変わったところで自由がないことに差はないだろう。むしろもっと束縛されてしまうかもしれない。しかしそのあたり弟はまた違う考えを持っているようで、領主だって永遠に生きるわけじゃないんだから、代替わりしたあたりでうまく取り入って自由になることくらい出来るし、苦労することもないじゃない、と達観したコメントが帰ってきたことがある。弟は大物に違いない、とエドは心底感心した。だがそういえば、ボクは兄さんほど天才じゃないだけ、と苦笑気味に返したものだ。天才? と首を捻れば、いや、忘れていいよ、と言われたのだけれど。
 自由に焦がれる思いと冒険を夢見る気持ちは、共に少年らしい、純粋なものだった。だがエドにはそれだけでなく、優秀な頭脳と卓越した技術があった。土台、鎖に繋ごうというのが無理な話だった。
 ――とにかく、そうした背景があって、エドは焦ったように数日の放浪を繰り返していた。弟だけはそこにある気持ちに気づいていて、応援こそしなかったけれど反対もしないでいたのだ。だからなのか、兄はアルにだけは、毎回の成果を教えてくれてもいた。
「…指環のジン、ってさ」
 冒険王が最初盗賊団から逃げ遂せたのは、彼が父親の形見として身に付けていた指環に宿っていたジンが知らせたからだ、と言われていた。そして、この沙漠のある洞窟に、とても大きな力を持ったジンがいる、そのジンに味方になってもらえ、と導いた、と。
 アルはじいっと兄の指に納まるその古い指環を見つめた。骨董としての価値は低そうだ、という第一印象と、まさかそんなものが封じられているのだろうか、という疑問の第二印象を抱く。
「…ほんとに?」
 疑惑に満ちた弟の視線に、ふふん、とエドは胸をそらした。そして、指環の中央、黒っぽい石を指先で擦る。
「…!」
 指環を擦るのは昔話で伝わっている仕種だからだ。
 アルは、輝きを増した石に息を呑む。オニキスはいまやアメジストの色を帯びて輝いていた。そうして、わずかに煙が立ち上る。
『…ふわぁ、何の用だ?』
 だが顕れたそれに比べたら、その前の驚きなど何ほどのこともなかったのだと知る。
 宙に浮かぶ、上半身だけの小人。胸から下は煙になって指環の中心と繋がっていた。しかし上半身の部分は意外としっかりしていて、向こう側は透けていなかった。
 そして、その小人は、二十代から三十代くらいの男性だった。愛嬌のある顔をしているが、これがジンだったとして、本性とは限らないことくらいアルも知っていた。ジンは火のない煙から生まれたものだから、実体と呼ぶべきものはないのだ、という。
 だがそれにしても、夢を見ているか魔法に掛けられているか、もしくは兄が特殊な錬金術を使ったのでもない限り、その煙の小人は現実に今アルの目の前に存在していた。
「に、にいさん…」
『お? なんだ、豆っこの弟かぁ?』
「こらおっさん、豆っこってのやめろつってんだろが!」
 ジンが相手でもエドの勢いはやんだりしないらしい。兄さんらしいけど、と思いながらも、アルは瞬きして小人と視線を合わせた。
「初めまして、指環のジンさん」
『おお、初めましてだな、弟君』
 よお、と気さくに手を上げる姿は、想像していたジンとはちょっと違った。違ったが、面白いことにかわりはない。アルは手を差し出して、指先でジンと握手をしてみた。
作品名:Alf Laylar wa Laylah 作家名:スサ