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Alf Laylar wa Laylah

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『ん、やっぱあんま顔は似てなくても兄弟だな、好奇心強いとこなんかそっくりだ』
 指環のジンは楽しそうに笑った。
『俺はマースってんだ。よろしくな』
「マース? それって冒険王とおんなじ名前だね」
『おう。お揃いだぜ』
 顎鬚の似合う陽気なジンをアルはしげしげと見つめていたが、やがて肩を竦めると顔を上げた。考えるのをやめたらしい。
「…兄さん、指環のジンを見つけたってことは、もしかして…」
 弟の真剣な眼差しに、兄は短く、うん、と頷いた。
 指環のジンは「はじまり」だ。冒険王は指環のジンに導かれて偉大なるジン、イフリートであろう彼の相棒と出会ったのだ。だからエドの冒険もまた、指環のジンと出会うことが最初の目的だった。かつての冒険王と同じように、イフリートの元へ導いてもらうために。
 アルはその目的を知っていた。当然、指環のジンの次に兄が何を目指すのかも。
 ――今までの、長くても数日で帰ってきていた旅とはわけが違う。兄は指環のジンが手に入ったなら、地の果てでも、それこそ恐ろしい地獄にだって行くだろう。
 アルは兄の真剣さも優秀さも知ってはいたけれども、まさか本当に指環のジンがいるなんて思っていなかった。兄もいずれは夢から覚めて、それなりに普通に、用意された暮らしを一緒に生きていくのだろうと信じていたのだ。
「今夜の夕飯は一緒に食べて、そのままオレは出て行く」
「に、兄さん! そんな、…ちょっと待ってよ、せめてあと何日か、」
「駄目だ」
 兄は首を振った。
「男がいつまでもぐずぐずしてちゃいけない。それに、オレだっていつまでもこんなに自由にさせてもらえるわけじゃないことくらいわかってる。さすがに十六になったら官吏くらいにならなきゃマズイだろ」
「…兄さん…」
 まさか兄がそこまで真面目に考えていたとは知らず、アルは瞬きした。そんなこと、何も考えていないかと思っていた。
「おまえには悪いと思ってる」
「え?」
「オレがいなくなったら、おまえの自由なんてますますなくなる」
「…兄さん、なにいって」
 呆然と呟けば、指環のジンが「泣かせるねぇ」なんて茶化してくれる。黙っていてくれと一睨みしたら、おっかねえ、と変な声を出して指環に戻ってしまった。
「でも、オレ、どうしても見てみたいんだ」
「…外の世界を?」
 指環のジンには構わず慎重に問えば、エドは困ったように笑って口にした。
「アル、覚えてるか、師匠と一緒に城門の外で三日野外キャンプしたの」
「うん、覚えてるよ」
「夜明け、きれいだったよなあ」
「…うん」
 師事していた「主婦」に「修行」として連れ出された数日間。それは過酷だったけれど楽しい思い出でもあった。その中で確かに夜明けも見たし日没も見た。街の中で見るのとはひどく印象が違った。遮るもののない地平線から大きな太陽が昇る瞬間の美しさといったら、確かに喩えようもなかった。
 だがだからといってそれに向かっていきたいと考える人間は少ない。アルもまたそうだ。美しいが、それは街の中での暮らしがあった上で、あれは美しかったと思い出す類の感情だと割り切っていた。しかし兄は違ったのである。要するにそれだけの話だといえばそうなのかもしれない。
 兄は違う、という。ただそれだけの。
「指環のジンだっているし、もしかしたらそんなに遠くじゃないかもしれないし。見つかったら、絶対一回帰って来るからさ」
 兄ははしゃいだ様子で無邪気に言った。前途に何の不安も感じていない、底抜けに明るい顔だ。
 沙漠には盗賊団もいるし野犬もいる、危険な毒を持った動植物、昆虫もいる、食料だって水だってない。どこに向かうための標もない。そしてその広大な不毛の地のどこかに、本当に求めるジンがいるのかどうかもわからない。やめろというのが当たり前だ。そもそも行こうと思わないのが普通だ。だがエドは違うのだ。
「…アル?」
 弟は何も言わず、自分よりほんの少し背の低い兄を抱きしめた。冒険王が、最後に親友であるジンにしたのと同じように。
 エドはただ不思議そうに弟の名を呼ぶ。恐らく、弟が何を思っているのかなどわからないのだろう。
「…ボクのことは、…ううん、うちのことは、気にしないで大丈夫」
「アル?」
「大丈夫。ボク、大物だからさ。のらりくらりとかわしてうまくやっていくよ」
「…アル」
 エドもまた笑って、弟を抱きしめ返す。小さな頃からずっと一緒にいて、誰より頼りになる相棒だった弟を。
「いってらっしゃい、兄さん」
 噛みしめるように言った弟の言葉に、エドは、嬉しそうに顔を輝かせて「うん、いってくる」と頷いたのだった。

 夕飯は楽しく過ごせた。最後かもしれないとちらりと思ったら涙が出かけたが、辛さのせいにして鼻を擦って終わりにした。香辛料の効いた料理は、暑さに負けないようにと母がよく作る料理だった。怒ってはいたけれど、数日振りに帰ってきた息子のために得意料理を作ったのだろう。そう思うとなんだか余計に泣いてしまいそうだったが、それには気づかないふりをした。もしかしたら、最悪、もう二度とこの家で、この部屋で、この家族とこの料理を食べることは出来ないかもしれない、ということにも。今は、気づかないふりをした。そうしなければ決心が鈍ってしまいそうだったからだ。
 そうして、夜半、星が瞬く下を、最低限の旅人の装備で少年が静かに出て行く。街を閉ざす城壁は硬く閉じられていたが、そんなものは、錬金術師である少年には何ほどのこともない。
 自分ひとり用の扉を作り外へ出ると、再びそれを消して、エドは沙漠へ視線を向ける。今夜は新月だったが、星の光は十分すぎるくらいに明るかった。
「…待ってろよ、ジン!」
 爛々と金色の目を輝かせて、エドはわくわくと宣言した。


 翌朝。
 またエドがいなくなった、と母は卒倒せんばかりだったが、普段はおろおろとそんな妻を宥める父が、今回ばかりは様子が違っていた。
 彼は静かな顔で下の息子を呼ぶと、妻の目がないことを確かめたところで、こう尋ねてきた。
「エドは、…もう帰ってこないつもりか」
 目を見開いた下の息子に、父は苦笑した。そういう顔をしていると威厳がなくもない。街を救った錬金術師というのも頷ける。
「…あいつが焔を目覚めさせるか、…いやまだわからないか」
 呆然としているアルの前で、彼は顎を擦りながらなにやら意味不明のことを呟いた。え? と尋ねれば、なんでもない、とぞんざいにごまかされたが。
「まいったな、向こう見ずは誰に似たものか」
「父さんでしょ」
「そうだな、違いない」
 父は、目尻に皺を寄せて笑った。
 彼が何を考えているのかはアルには見当がつかなかったが、少なくとも母のように怒っているのではないことだけは確かだった。
「まあ、しょうがない。男ってのは必ず一度は家を出て行くもんだ」
 なんだか訳知り顔で顎を擦りながら言う父に、下の息子は目を丸くした。なんだか意外なものを見たような気持ちで一杯だったのだ。
「…ボク、今、父さんがとってもお父さんらしく見えるよ」
「普段はなんだと思ってるんだ、おまえは」 
 彼は苦笑して、わしわしとアルの頭を撫でた。
「指環のジンもいる。困ったことにはならんだろ」
作品名:Alf Laylar wa Laylah 作家名:スサ