Hello, Again1
ふと、アルフォンスはなんでもないような調子でそんなことを言った。実に何気ない、他愛の無い一言だったのだけれど、ウィンリィは愕然としてしまった。
「できないわよ、…できないでしょ?」
「まあねえ。まあ、最後は家に帰ってくるって、なんか猫っぽくて、兄さんぽいけど」
「そ…そうね、犬じゃないわね」
「うん」
アルフォンスは何を思ってそんなことを言っていたのだろう。ウィンリィはたまに思い返すようになっていた。
「でも、兄さんでも人の言うこと、聞く事だってあるんだよ。ちゃんと」
「アルのいうことは聞くわよね。あたしは…わかんないけど」
「ウィンリィのいうことだって基本聞くでしょ。でも、兄さん梃子でも動かないときは確かにあるよね。師匠にも、あのね、知らないと思うけどすっごくおっかない女将軍がいたんだけど、その人にも兄さん怖がりながら大事なことは絶対言うこときかないで譲らなくてさ」
「あいつ、頑固だもんね」
アルフォンスは目を細めて笑った。その穏やかな姿を、窓から射す光が淡く包んでいたのをウィンリィはよく覚えている。
「昔ね。旅をしてた頃、兄さん、口座を止められたことがあるんだ」
「はっ?」
「マスタング大佐に。呼び出しを無視したかなんか…、あんまり詳しく覚えてないけど」
「…思い切ったことするのね、あの大佐さん」
「今は准将だけどね」
アルフォンスは当時のことを思い出すように部屋の上の方を見た。
「ぶーぶー言いながら戻ったけど。あんなに強引なことされたの、兄さん初めてだったんじゃないかなあ」
「っていうか、普通しないわそんなの。そもそも出来ないじゃない」
「まあね。でもさ、兄さん、いつも文句言いながら、なんだかんだで大佐の…准将のことすごく信じてて。裏切られた、って思ったときなんかすごいショック受けてた。きっと…すごく憧れてたんだろうね」
「憧れ? あのエドが? 誰かに?」
ウィンリィは信じられないという顔でアルフォンスに言ったものだ。ウィンリィにとっても大事な弟のような、エドを挟んで同士のような、そんな微妙な相手に。
「あいつにそんな感情、あるのかしら…」
心底不思議そうに首を傾げるウィンリィに、アルフォンスはただ笑っていた。
「そりゃああるよ、兄さんにだって。ただ、本人はあんまり気がついてなかっただろうけど…。すごく慕ってたんだと思うよ。あんまり身近にいないような人だったし、兄さんをすごく理解してくれてた人だしね」
「…アルも、随分その人のこと好きみたい」
何となく拗ねるような口調になってしまったのは無理もないことだと思う。ウィンリィだけ、なんだか蚊帳の外に置かれている気がした。
「うーん、そうだね、人間として魅力的な人だと思うよ。面白いところもあるし。なんで機嫌悪くなってるの? やきもち?」
口を尖らせるウィンリィに、アルフォンスはからかうように目を細めた。上手く転がされているようで、ウィンリィはますますむきになる。
「違うわよ。なんでやきもちやくの、あたしが」
「でも、そういう顔してる」
アルフォンスは手にしていたカップを持ったまま椅子を立った。
「許してあげて、ウィンリィ」
「え…?」
カップを洗いながら、アルフォンスは穏やかに続ける。
「兄さんは欲しがることを自分に許せなかったんだ、ずっと」
「…アル?」
「ふきん、これ?」
「え、あ、うん…」
カップを拭きながらアルフォンスは目を伏せる。
「…母さんを生き返らせようとして、僕が鎧になっただろ。どれだけ、何回ボクが言っても、自分が悪かったんだと思ってる。…ずっと、自分でもう平気だと思ってても、きっと心の深いところにそれが染み付いてるんだ。だから、欲しがれない。そうしたらまた、悪いことが起こるんじゃないかって怖いんだ。…だからね、よかったと思ったんだよ、ウィンリィに好きだっていったでしょ、あのバカ兄」
直球の台詞に、ウィンリィはさすがに固まった。まだ何をどうしてもいないし、何しろ本人が全然帰ってこない。あれは本当は夢だったんじゃないの、とウィンリィでさえ思い始めているところだったから。
「でも、それだけじゃなくて。もっともっと、兄さんは欲しがればいいと思ってるんだ。大佐のこともね」
「…アルの言ってること、あたしよくわかんない」
拗ねたというよりどこか焦りを含んだ口調で訴えたウィンリィに、アルフォンスは静かに告げた。
「兄さん、たぶん大佐がすごく好きなんだよ。でも、わかってないし、多分気がついてもそれだけ。もう軍から離れちゃったし、会う理由ないって思ってる」
「…アル、ねえ、何が言いたいの?」
アルフォンスは小首を捻るようにして、言う。
「結局ボクは兄さんに甘くてさ」
「知ってるわよ、そんなこと」
「だよね。だからさ。本当は自分が何を一番ほしいのか、兄さんがちゃんとわかるまで…、その時どういうことを選ぶのかはボクだってわかんないけど、でも、どうなっても、許してあげて。ひどいこと、お願いしてるって思うけど」
それはつまり、とウィンリィは問いかけようとしてやめた。それはつまり、エドワードが「やっぱり、他の人が好きみたいだ」と言い出しても許せということだろうかと。まさかそんなはずはない、と思うけれど、人の気持ちに絶対なんてない。
「ごめん、変なこと言ったよね。忘れて。お茶ごちそうさま」
アルフォンスはウィンリィの動揺を見抜いていたように思うけれど、それ以上は何も言わなかった。何も言わず、彼もまた、兄が帰るまでと期限を切って出かけてしまった。
アルフォンスが出て行った後、ぺたん、とウィンリィは座り込んでしまった。エドワードがいて「何尻もちついてんだ」と笑いながら腕を引いてくれたらと思ったけれど、誰ひとりそこにはいなかった…、
「…もう、エドは自由なんでしょ? そうだよね…」
ウィンリィはその時のことを思い出しながら、写真を見つめた。恩人であるはずの男が、なぜかひどく憎たらしく思えた。思ってはいけないことのはずなのに。
作品名:Hello, Again1 作家名:スサ