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メイド・イン・ロッカールーム

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ざわめきが潮の満ち引きのように遠くからやってきては手放され、またどこかしらの大衆の元へと帰ってゆく。椎名は言葉を失えた黒川をちらりと見て、まるでプレゼンテーションが得意な人みたいに少しだけ相手の表情を伺い、それから一拍置いて、こう言った。

「でも報われる。……それだけ伝えたらいいし僕ならそうする」

椎名は、あくまでも冷静だった。彼の王国と契約をした黒川もまた平静に、彼のことを見つめていた。――部活のロッカールームのことを思い出す。今と同じ様相をした、とても雑多な、床にはゴミと教科書としなびたエロ本と食い粕が散らかっているような、それでもサッカーをする用具だけはとても大切に扱われていた、彼らの彼らだけの王国のことを。
黒川は、いつもそれを思い出す。椎名を前にしたときも、しない時も、チームメイトに会っているときも、そうでないときも。

ほころびはそこかしこに落ちていた。今隣の隣の席で別れ話をする高校生のカップルや、黒背景に赤い字で描かれたサイトにアクセスしている制服姿の女子や、予備校のテキストを一心不乱にやっている学生や、スーツ姿で視線をさまよわせながら画一的なバーガーを食っている「大人」たち。ほころびも、落とし穴も、挫折も、しんどさも、そんなものは当たらずに生きてゆくことのほうがむつかしいのが世の中であると、中学三年生である黒川はまだ思っている。人より少しだけ大人びたと称される彼でさえ、達観なんて出来ないでいる。
息の詰まる朝も自慰行為のむなしさを感ずる夜も自意識に苛まれる教室もクラスメイトの無知も限界ばかりを見据える未来もここにはあった、たしかにあった。彼らの未来にはたくさん、聳えて聳えてしのべないくらいにつらい壁ばかりが立ちはだかっているようにも見える。しかして黒川はそんな時いつも、サッカー部のロッカールームのことを思い出す。そのロッカーで過ごした一年と、彼らの王と、彼ら自身が築いた決してご立派ではない王国のことを。
椎名翼は王であったし、彼には魅力も知性も言葉も、能力も容姿だってあった。けれど決して椎名自身がポジティブすぎるわけではないし、彼につられて黒川たちが立ち直れるわけでもない。サッカーに相対するとき、環境に相対するときにあくまでも彼らは一人きりで、所詮無力な中学生である椎名が、何をしてくれたという記憶もない。
けれど彼の築いた城は卒業と同時に崩れることもなく、椎名はいま尚リアルな感覚を以て、少年たちを強烈なフレーズで支配する。ほころびにぶち当たったときにロッカールームのことを、あの、しんどかったけれどもどこまでもどこまでも美しかった夏の、アクエリアスのにおいのことを思い出せと記憶の中の彼が叫ぶ。

「報われるんだ、きっとね」

たしかめるようにそう呟いた椎名の右ひざには今、一二ヶ月は休まなければならない程度の故障があることを黒川は知っていた。
白いフロアと雑踏とケチャップ・ソースの味とほころびにまみれたここはあまりにも、我々の原点たる、あの雑然としたロッカールームにはほど遠い。しかしてどこにいたって椎名がいる限りここは飛葉の王国で、彼は王で、そうして、黒川のことを「柾輝」と呼ぶ、ただの少年の一人に過ぎないのだ。


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