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tricolore-1 (side日野)

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 日曜日の朝は、予報通りの清々しい快晴だった。
 香穂子は起きてすぐにカーテンを開くと、空を見上げて、にっこりと満足の笑みを浮かべた。
 この日の約束をしてからというもの、週末の天気予報を何度となく確認しては、数字が十パーセント変わるだけで一喜一憂してそわそわする始末で、周囲には大層不審がられたけれど、それさえもすべてチャラにしてくれそうな、実に気持ちの良い青空だった。
 昨日の夜のうちに選んで出しておいた服を、姿見の前でもう一度合わせてみながら、何をこんなに浮かれているのだろう、と自分のことながら可笑しかった。
――――だって、ちゃんと約束をして外で会うの初めてなんだし。
 先日公園で会ったのはまったくの偶然だったし、しかもあのときは学校で練習したあとに寄ったので、香穂子は制服だった。つまり、私服姿を見せるのも初めてなのだ。
――――本当はこんなことより、自分の演奏の方を心配するべきなんだけど! それはわかってるんだけど!
 誰に指摘されたわけでもないのに、心の中で盛大に言い訳をしつつ、香穂子は白い薄手のニットをすっぽりと頭からかぶった。そもそも、一緒に練習をしようと誘ったのは香穂子だ。第一セレクションを終えてから数日が経ち、いよいよ参加者たちも第二セレクションへ向けて本腰を入れ始めたというところだろう。つい軽い気持ちで声をかけてしまい、しばらく浮かれていたせいで気づかなかったが、後になって、ひょっとしたら自分が一方的に練習の邪魔をしてしまうだけなのでは、と思い至り、ハッとした。
 だが、たまたま昼休みのエントランスで会ったときに、さりげなくそのことを口にしたところ、彼は逆に驚いたように目を丸くして言った。
「えっ、何で? 誰かと練習するのも、おれはすっごく大切だと思うよ。自分だけじゃ気づけないことを教えてもらえたりするし、逆に相手の音楽を聴いて気づかされたりすることもたくさんあるし!」
 香穂子が彼の演奏から学ぶべきところは確かにたくさんあるだろうが、その逆は果たしてどうだろうか、と思わず返答に詰まっていると、彼はまるで気にした様子もなく、さらに言葉を継いだ。
「そうそう、それに、話し相手がいるのっていいよね! 飽きちゃったとき、簡単に気分転換できるしさ。集中力って、そんな何時間もずっと続くようなものじゃないし、息抜きのタイミングが難しいんだよな」
 彼が以前、自分自身を飽きっぽい方だと言っていたのを思い出し、香穂子はくすりと笑った。
「でも、逆に息抜きが楽しくて脱線しちゃう危険も高いような?」
「あー、そうそう! よくある!」
 そんな風に勢いよく相槌を打ってしまってからすぐに、しまった、という顔をして、彼はぺろりと舌を出して笑った。
「でもね、相手がすごく頑張ってるの見ると、おれも頑張らなきゃ、ってやる気をもらうこともあるんだよ。そう考えると、やっぱりおれはプラスの方が多いような気がするなぁ」
 何事にも前向きな彼らしい結論に、香穂子は自分も、つまらないことを考えるのはやめにしよう、と思った。少なくとも、練習の息抜きに話し相手を務めるくらいのことはできるはずだ。
「火原先輩は、普段は誰と練習することが多いですか?」
 何気ない問いかけに、火原はぱちぱちと目を瞬いた。
「え、おれ? うーん、そりゃ、やっぱりオケ部の仲間たちと練習するのが一番多いんじゃないかな。それ以外だと……――、あっ、そうだ思い出した!」
 考え込んでいたかと思えば、突然素っ頓狂な声を上げるので、目の前にいた香穂子だけでなく、近くにいた生徒たちまで、驚いて振り返った。だが、当の本人はそんな視線にはまるで気づかず、思い出した自分のひらめきを、嬉々として香穂子に伝えた。
「あのさ、公園で一緒に練習するの、柚木も誘ったらダメかな!?」
 彼の口から飛び出したその名前に、香穂子は思わず、うっと言葉を詰まらせた。
 それは火原の高校入学以来の大親友の名前であり、今回の学内コンクールに香穂子たちと一緒に参加しているメンバーの一人でもある。当然ながら、香穂子も面識があり、何度か言葉を交わしたことがあった。
「ゆ、柚木先輩、ですか………」
 内心の動揺をどうしたら取り繕えるだろうかと慌てて考えを巡らせたが、少しもいい言い訳は思い浮かばなかった。目の前の人物から注がれる期待のこめられた眼差しに、香穂子はますます困惑した。
「あの……、でも、それじゃあ私、本当にお二人の練習の邪魔にしかならないような……。柚木先輩とは、まだあんまりお話したことないですし」
「なんだ、そんなの気にすることないって! 柚木は誰にでも気さくで話しやすいヤツだし、日野ちゃんのこと、絶対迷惑なんて思ったりしないよ」
 柚木が誰にでも分け隔てなく親切で、気取らない物腰柔らかな人物だということは、香穂子もよく知っている。それに加えて、育ちの良さゆえか、何をしていてもいちいち優美で絵になるのだ。そのため、生徒の一部には熱狂的なファンがおり、柚木の行く先々でそれらしき女子の集団を目にすることがあった。
 また、品行方正、成績優秀、と教師たちからの評価も高く、信望も厚い。香穂子にとっては、ファンの女子たちのような憧れよりも、どちらかと言えば、自分とは住む世界が違うようだ、と圧倒される気持ちの方が大きい。
 これまで柚木がかけてくれた言葉はどれも、普通科からの参加者である香穂子への細やかな気遣いにあふれており、香穂子自身、それに度々励まされたのも事実だ。
――――それなのに、何だろうなぁ、この苦手意識は……。
 我ながら恩知らずなことだと思うが、こればかりは、やはり理屈ではないのだろう。先にも考えたように、やはり彼の完璧さに気後れしてしまっているからなのだと、香穂子は自分で自分を納得させた。
「それは………、確かにそうだと思いますけど」
 まだ少し煮え切らない様子に、火原は香穂子の表情をうかがうように、少しだけ腰をかがめた。
「それにね、柚木とは前に、第一セレクションが終わったら日野ちゃんを誘って一緒に合奏をしようって話をしたことがあるんだ」
 寝耳に水の話に、香穂子は思わず、えっ、と驚いて目を丸くした。それを見て、火原はにこにこと呑気に微笑む。
「おれがきみとの合奏のこと話したときに、そんな話になったんだ。柚木も楽しそうだって言っていたし、結構乗り気だったよ?」
「本当ですか?」
 何となく意外に感じていると、火原はまた、唐突に素っ頓狂な声を上げた。今度は一体どうしたのかと顔を上げた香穂子の耳に、続いて火原が口にした台詞の中から、ある人物の名前だけがはっきりと飛び込んできた。
「おーい、柚木! こっち!」
 ぎくり、と身を強張らせた香穂子の背後から、ゆっくりと近づいてくる足音と、呆れたように笑う声が聞こえた。
「火原……。君、次が移動教室だってこと、忘れてないかい? そろそろ戻らないと間に合わないよ」
「えっ? あれ、そうだったっけ!?」
「まぁ、そんなところだろうと思ったから、悪いとは思ったけど、勝手に机の中から教科書とノートを持ってきてしまったよ。これで間違ってない?」
「うわ〜っ、 サンキュー柚木! ほんっと助かる!!」
作品名:tricolore-1 (side日野) 作家名:あらた