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tricolore-1 (side日野)

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「そう。残念ながら僕にも理由がわからなくてね。何か君に嫌な思いをさせているのなら、できる限り気をつけるようにしたいんだ。こういうことは、二人きりでないとなかなか話しづらいからね。今はちょうどいい機会かと思って」
 にっこりと小首を傾げて微笑む柚木には、言葉通り、怒っている気配は微塵も感じられなかった。ここまでくると、もはや言い逃れはできない。また香穂子の方も、こんな風に柚木に気を遣わせてしまったことに対する良心の呵責で、じわじわと胸が痛み始めていた。誰かに嫌われているかもしれない、と感じるのは、相手が誰だろうと決して気分の良いものではない。それなのに、香穂子に負担を掛けないように気を配りながらこうして話を切り出すのは、例え柚木だろうとそれほど簡単なものではないはずだ。
「嫌な思いをしているとか、本当にそういうのではなくてですね……。ただ、ちょっと、気後れしてしまうと言いますか、緊張しているだけなんだと思います。……むしろ私の方が嫌な思いをさせてしまって、すみません」
 柚木は誰にとっても、常に完璧で非の打ち所がない。気さくでやさしいし、細やかな気遣いもできる。どれをとってもあまりに完璧で、香穂子の目には綻びなど見つけられない。
 だが一方で、そんな完璧な人間が本当にいるものだろうか、とも思う。綻びさえ見つけられない柚木の完璧さが、なぜか香穂子に小さな違和感を抱かせるのだ。
「あ………。でも今日、柚木先輩と火原先輩が話しているのを見ていて、少し考え方が変わったような気がします」
「へぇ?」
 興味深そうに眼を細めた柚木に促され、香穂子は少しためらいながらも話を続けた。
「火原先輩といるときの柚木先輩って、いつもと少し雰囲気が違いますよね。何がどう違うのかは、上手く説明できないんですけど……」
 まとまらない考えを言葉にするべく、香穂子は少しばかり口ごもる。以前からぼんやりと感じていたことではあったが、今日ずっと二人の様子をすぐ側で見ていて、ようやくその理由がわかったような気がしたのだ。
「………柚木先輩にとって、火原先輩は本当に大切な存在なんだな、って感じました。柚木先輩はいつも誰にでもやさしくて、そういう特別な存在はいないというか、あえて作らないようにしているのかな……、って。何となく、勝手にそう思ってたんですけど」
 特別な存在がいては誰にでも同じように接することはできないから、特別を作らないことで、柚木は彼の完璧さを守ろうとしているのではないか、と香穂子は感じていた。そうまでしなければならない理由など、香穂子には想像がつかない。だから自分がひどく見当はずれなことを考えているのかもしれない、という気もした。けれど今、柚木が驚いたように言葉を失くしているのを見て、香穂子はその予感を打ち消し、にっこりと微笑んだ。
「でも、私はすごくイイと思います。そんな柚木先輩の表情を見られたおかげで、これからはあんまり、緊張せずに済むような気がするし」
 だから改めてよろしくお願いします、と言って、香穂子はぺこりとお辞儀をした。下げた頭の上で、柚木が何かを呟いたような気がしたけれど、何を言ったのかまでは聞き取れなかった。顔を上げてきょとんと首を傾げると、柚木はいつもと変わらない笑顔で、「何でもないよ」と答えた。
「二人ともお待たせ!」
 柚木の態度に微妙な違和感を抱いた香穂子だったが、タイミングよく響いた火原の声に、思考は途中で遮られた。
――――何だろう、今の……?
 しかしもう、その違和感は辺りからかき消えており、気配を感じ取ることはできない。香穂子は内心で首を傾げつつも、飲み物を抱えて帰ってきた火原を振り返った。
 その瞬間だった。
「――――ねぇ、日野さん」
 香穂子の耳元に、甘くやさしい声音が滑り込む。
 肩にそっと置かれた手は羽のように軽いのに、なぜか振りほどける気はしなかった。
「今の話、火原には内緒だよ?」
 流れる髪を耳にかけながら、そう囁いて艶やかに微笑んだ柚木に、香穂子は不覚にも頬が熱くなるのを自覚した。それを見てくすりと笑った柚木は、香穂子の肩から手を離し、戻ってきた火原の方へと向かった。平然としたその後ろ姿に、香穂子は赤くなった頬を掌で覆いながら、言葉ではうまく言えない、敗北感のようなものを抱いたのだった。
作品名:tricolore-1 (side日野) 作家名:あらた