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tricolore-1 (side日野)

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「いいね! 『アヴェ・マリア』なら知ってるひとも多いし、こういう場所で弾くのにも向いてるんじゃないかな」
「日野さん、ちょっと楽譜見せてもらってもいいかな?」
 にっこりと手を差し出されて、香穂子は慌てて楽譜を取り出し、柚木に手渡した。楽譜を受け取った柚木は、横から覗き込んでくる火原と、簡単に打ち合わせを始めた。香穂子が渡したのは勿論ヴァイオリンの楽譜だ。また、ファータが独自に編曲してくれているため、原曲そのままではない。柚木と火原も、その辺りを確認しているのだろう。
――――私以外の参加者は、みんな自分で編曲までしているんだよね。
 楽譜を読んで弾くことだけで香穂子は精一杯だが、他の参加者は自分で編曲まで手掛けている。音楽の知識がほとんどない香穂子にしてみれば、編曲なんてどうやってするものなのか皆目見当もつかないし、もともと知っていた曲とはいえ、いきなり即興で合わせてしまえるというのも、手品のように思えて不思議でならない。
「よーし、じゃあいこっか! えーと、テンポはこのくらい、かな?」
「はい!」
「日野さん、そんなに緊張しなくても平気だよ。最初なんだから、多少ずれても気にしないで、自由に弾いてごらん」
 柚木の言葉に、香穂子はいつの間にか自分の肩に力が入っていたことに気づかされ、顔を赤くした。それを見て、柚木と火原も顔を見合わせて、くすりと笑う。
――――そうだよね。先輩二人が一緒なんだもん。不安になることなんてないか。それよりも、まずは自分の演奏にちゃんと集中しないと。
 そもそも、合奏の経験自体がほとんどないのだから、何をどう気をつければいいのかだってわからない。足を引っ張ってはいけない、と無意識に力んでしまっていたようだが、あれこれ考えたところで今の自分にできることは、さほど多くない。それなら、その数少ないことを確実にクリアするよう努めることが、最善を尽くすということなのだろう。
「じゃあ、最初は僕ら二人で入るよ」
 そう言って、柚木がフルートを構える。香穂子もヴァイオリンを構えて、こくりと頷き返した。
 火原の爪先が、ゆったりとしたテンポを刻む。すぅ、と息を吸いこむ気配を感じた次の瞬間、ぴたりと重なり合ったヴァイオリンとフルートの音色に、その場の空気がはっきりと塗り替えられたのを感じた。




 何度か三人で合奏をしつつ、合間には火原や柚木が手持ちの楽譜から適当な曲をいくつか吹いて聴かせてくれた。また、クラシックに限らず、CMなどでよく聴くポップスも、「こんな感じだったかな」と言って、パッと吹いてしまうのには驚いた。
 そんなことをしているうちに、時間は瞬く間に過ぎていた。正午を告げる音楽が公園の中に流れ出したことに気づいて、最初に顔を上げたのは火原だった。
「うわ、もうお昼か〜。早いなあ」
「ああ、本当だ……。つい時間を忘れてしまうね。少し休憩しようか」
「だね。ちょうどお腹も空いてきたことだし。日野ちゃん、何食べたい?」
 振り返った火原に、香穂子は自分のバッグの中に入っているものを思い出してハッとした。
「あの……、私、実はサンドイッチを作ってきたんです、けど」
 勢いで口を開いてしまったものの、急に自分が妙に張り切り過ぎてしまったような気がして恥ずかしくなり、声は尻すぼみになった。しかし、手作りのサンドイッチと聞いて、火原の表情は途端にぱっと輝いた。
「わー、すごい! それって、もしかしておれたちの分もあるの!?」
「一応、三人分くらいと思って作ってきたので足りるはずなんですけど」
 香穂子は急いでヴァイオリンをケースに片付けると、トートバックの中からサンドイッチを入れた弁当箱を取り出した。
「姉が手伝ってくれたので、味の方は保証しますよ」
 蓋を開いて見せながら香穂子が言うと、興味津々な様子で覗き込んできた火原は、嬉しそうな歓声を上げた。柚木も横から弁当箱を覗き込むと、労わるように香穂子に声をかけた。
「こんなにたくさん、朝早くから大変だったんじゃない? 気を遣わせてしまったみたいでごめんね」
「いえ、全然平気ですよ〜。サンドイッチって、少し作るよりもたくさんの方が楽で簡単ですし。それに、さっきも言いましたけど、手伝ってもらっちゃったので、時間もそんなにかからなかったし」
「お姉さんって言ったっけ?」
「はい! 姉は料理が得意で、休みの日にはよく教えてもらうんです」
 思わず得意げに言ってしまってから、これはただの身内自慢だったとすぐに我に返ったのだが、目の前の柚木が浮かべた微笑を見て、香穂子はとっさに口を噤んだ。
「そう……。仲が良いんだね。素敵なお姉さんで羨ましいよ」
 とてもやさしげなのに、ひどく距離を置かれたような気がした。なぜそう感じたのかは香穂子自身もよくわからなかったが、柚木の言葉にただ頷くのは正しくないような気がした。知らぬうちに何か地雷でも踏んでしまったのだろうかと香穂子が困惑していると、楽器の片付けを終えた火原がすっくと立ち上がって宣言した。
「よーし、じゃあおれ、ちょっと行って飲み物買ってくるよ! 二人とも待ってて!」
「えっ、あの、それじゃあ私も……」
 この状況で柚木と二人で残されるのは気まずすぎる、と香穂子も慌てて立ち上がろうとしたのだが、柚木のゆったりとした声がそれを遮るようにかぶさった。
「ありがとう、火原。お言葉に甘えさせてもらうよ」
「うん。それじゃ、すぐ戻るから!」
「いってらっしゃい」
 短い遣り取りを終えると、火原は公園の中にある売店に向かって駆け出していた。元陸上部だという脚は、こんな場面でも存分に力を発揮する。瞬く間に見えなくなった後ろ姿を見送りながら、香穂子は途方に暮れた。
――――火原先輩が悪いわけじゃないってわかってるんだけど……。
 それでも八つ当たりで恨みごとの一つも言いたくなってしまうのは許してほしい。傍らの柚木を振り返るのはためらわれたが、二人きりになったこの状況で無言のままでいるのもよくない、という予感もする。そういえばスープも作って水筒に入れてきたのだと思い出し、それも出してしまおうと再びバッグに手を掛けたところで、柚木がおもむろに口を開いた。
「日野さん………。僕は、君に何かしたのかな?」
 哀しみを湛えたような淡々とした声音に、香穂子はぎくり、と表情を強張らせた。嫌な予感が的中してしまった。聡い柚木のことだから、こちらの不自然な態度に気づいているのでは、という予感はあった。だが、例えそうだったとしても、素直に認めるかどうかは別問題だ。
「僕の思い過ごしならそれで構わないのだけれど、心なしか避けられているような気がするんだよね」
「えっ、あ、そ、そうですよ! 考え過ぎですって! 私が柚木先輩を避けるだなんて、どこにもそんな理由が………」
 ここぞとばかりに慌てて弁解する香穂子を鎮まらせるように、柚木は穏やかなのに有無を言わせぬ笑みを浮かべた。
「君は嘘を吐くのが苦手だね。火原と一緒だ」
「………」
作品名:tricolore-1 (side日野) 作家名:あらた