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tricolore-2 (side柚木)

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 柚木にとって日野香穂子は、一言で言うなら、目障りな存在だった。
 彼女よりもはるかにレベルの高いヴァイオリニストなど、この学校にはいくらでもいた。学内コンクールの裏の主催であるリリの一存とはいえ、なぜ敢えて普通科の彼女をコンクールに参加させる必要があったのか、柚木にはいまいち理解できなかった。
 また、普通科からの出場はこれまでの学内コンクールでも前例のない話で、それを取り上げた報道部の宣伝効果もあってか、学内コンクールは音楽科と普通科の両方を巻き込んで、学園祭などとはまた違った盛り上がりを見せていた。だが、そのきっかけとなった少女はというと、どうもあまり音楽の知識はなく、演奏経験も浅いらしいと知り、そんなことで本当に大丈夫なのか、と柚木は内心で少しばかり苦々しく思った。
 誰にも、その能力に応じた場所というものがある。柚木の目には、彼女はまだ、自分たちと同じ舞台に立つべき能力はないと映った。分不相応な場所にいることは、周囲にとっても、彼女自身にとっても、望ましいことではないように思われた。
――――面倒なことだな……。
 だが、それが決定事項である以上、敢えて批判を口にしても意味のないことだ。そういった心配をするのは別の者の役割であり、参加することを受け入れた以上、柚木が何よりも優先すべきは自分の演奏に最善を尽くすことだった。
 高校三年生になり、大学受験へ本腰を入れようかという矢先に、学内コンクール参加の要請が舞い込んできた。いくら学内とはいえ、コンクールに出るとなると、それ相応の準備をしなければならない。下手に手を抜いて、これまで柚木が築き上げてきたものに傷を付けるわけにもいかない。中途半端になるくらいなら辞退をしよう、とはじめは考えた。
 しかし、一度断っても、学校側はしつこかった。二度目は、なんと校長室に呼び出され、校長じきじきに参加するよう頼まれた。ここまでくると、そう簡単には断れない。引き受けるのも止むなしか、と柚木が迷いながら教室に戻ると、火原が席までやってきて、「さっきの呼び出し、何だったの?」と無邪気に訊ねてきた。少しためらったものの、柚木が素直に学内コンクールのことを告げると、火原は途端に目を丸くして驚いた。
「えっ、柚木も参加するの!?」
「え? ……もしかして火原、君もかい?」
 柚木自身はまだ参加を承諾したわけではなかったのだが、思わずそんな風に問い返していた。火原は嬉しそうに頷くと、まだ他には内緒にしておけって言われたんだけど、と前置きしつつも、笑みを満面に浮かべて身を乗り出した。
「柚木の実力なら確かに選ばれて全然不思議じゃないんだけど、なんかびっくりだよな!」
「僕の方こそ驚いたよ。君、コンクールには出ない主義なんじゃなかった?」
「別に主義ってほどのものじゃないよ。ただ、出たいなーって積極的に思うことがなかっただけで。でも、今回は普通のコンクールとは違うじゃん? 学内コンクールっておれは見たことないけど、オケ部の先輩からは色々話聞いたことあってさ。それからずっと、面白そうだな〜って思ってたんだ。まさか、自分が出ることになるとは思ってなかったけど………」
 照れ臭そうにはにかみながら、火原は柚木の席の前にしゃがみこむと、組んだ腕を机の端に乗せた。そして柚木を見上げ、今さらのように少しだけ声を潜めた。
「おれ、初めて出るコンクールが学内コンクールって、すごく嬉しいなって思ってたんだ。もう、最後の学年だしさ。そういう、思い出になるようなイベントに参加させてもらえるのも嬉しいな、って。………でも、さっき柚木と一緒なんだってわかったとき、その何倍も嬉しくなったんだ」
 返す言葉が見つからず沈黙する柚木に、火原が屈託なく、にいっと笑いかけた。そして再びその場に立ち上がると、席に座っている柚木の目の前に、まっすぐ自分の手を差し出した。
「柚木が一緒なら、絶対に楽しいコンクールになるよ。お互いがんばろ!」
 何の迷いも、ためらいもなく、まっすぐに差しのべられた手。
 火原にこんな風に言われては、差し出された手を取ること以外、柚木にできるはずがなかった。柚木は火原の手を取り、握り返した感触を確かめながら、これを最後にしなければいけないな、と思った。
 火原とは高校に入学してからずっと同じクラスで、気づけば他の誰よりも一番長い時間を過ごした。こんなつもりではなかった、と当時の自分を振り返って思う。学校とも、音楽とも、こんなに深く関わり合うつもりはなかった。火原の存在が、柚木に距離を置くことを許さなかったのだ。気づけばいつの間にか巻き込まれていて、厄介だという気持ちが、終わってみれば、これも悪くないという気持ちにすり替えられている。どんな魔法を使ったんだと笑い出したくなるほど、その手際は実に鮮やかで見事だった。
――――楽しいコンクール……、ね。
 コンクールなど、所詮は勝ち負けを競い合うものだろうに、火原がそう言うのなら、本当にそうなるかもしれない、と柚木は心の片隅で思った。
 実際に始まってみると、学内コンクールは、柚木がこれまでに出場してきたどのコンクールとも違うものだった。担当である金澤は、何を訊いてものらくらとかわすばかりなので、頼るだけ無駄かと早々に諦めた。
 また火原はというと、ムラッ気のある性格なのは相変わらずで、なかなか学内コンクールにだけ集中することはできないようだった。部活動にはいつも通り参加しているようだったし、話を聞く限りでは、あまりセレクションに向けた練習に身が入っているようにも思えない。
――――でも火原は、集中したあとの追い上げがすごいからな……。
 それだけ実力があるなら、最初からもっと真面目に取り組んでいればいいものを、と思うけれど、こればかりは外野が何を言ってもあまり意味がないのだ、と柚木にもわかっていた。
 しかし、そんな火原の様子が少しずつ変わってきたと感じたのは、第一セレクションの少し前のことだった。
 訊けば、きっかけはあの日野香穂子だった。その頃から、少しずつ会話の中に香穂子の名前が出てくる回数が増え、その名を口にするときの表情からも、火原が香穂子に惹かれ始めていることは、手に取るようにわかった。
 火原自身はまるで自覚していないようだったが、香穂子との出会いを経て、火原が変わりつつあるのは確かだった。香穂子の練習熱心な様子に刺激を受けたらしく、休み時間や放課後など、前に比べて練習にかける時間がぐっと増えたのは、特に大きな変化だった。
 もちろん、目に見える変化だけではない。目に見えない火原の内面でも、何かがゆっくりと変わり始めているのを、柚木は感じていた。
――――そのきっかけが彼女なのは、腑に落ちない気もするけれど……。
 多分、腑に落ちないというよりは、単純に面白くないのだろう。
作品名:tricolore-2 (side柚木) 作家名:あらた