二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

tricolore-2 (side柚木)

INDEX|2ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 

 そのことを自覚したのは、火原に誘われて、香穂子と三人で休日の公園に出かけたときのことだった。それまではまともに話をしたこともなく、演奏をきちんと聴いたのも、セレクション当日が初めてのことだった。何となく目障りだな、と思っていたのは事実だが、それを悟らせるような態度を取ったつもりは一度もなかったし、むしろ必要以上に気遣うように心がけていたつもりだった。
――――それなのに、何でこんな風に怯えられているんだろうな?
 女性に対する自分の第一印象がどのようなものか、柚木は自惚れでなく、よく理解しているつもりだった。なぜ彼女がそういった態度をとるのか、腹立たしいというよりも、純粋に不思議だったのだ。だから、火原がいなくなった隙に、本人に率直に訊ねてみた。すると、返ってきた答えよりも、そのあとに続いた台詞が柚木の意表を突いた。
「柚木先輩はいつも誰にでもやさしくて、そういう特別な存在はいないというか、あえて作らないようにしているのかな……、って」
 彼女が本当に伝えたかったのはそこではないのだろうが、何気なくこぼれ落ちたその言葉は、おそろしく核心に近い場所を掠めていった。あまりに不意打ちで、さすがの柚木もとっさに動揺を取り繕うことができなかった。
 香穂子の朗らかな春の日のような笑顔を前に、柚木は自分の中に、これまでにない、ひどく薄暗い感情が灯るのを感じた。
――――………知った風なことを言うじゃないか。
 生意気だ、と思った。
 彼女が学内コンクールの参加者であることや、火原が好意を寄せている少女であることも抜きにして、このとき初めて、柚木は日野香穂子という個を認識した。
 それが自分にとって、また彼女にとってどのような意味を持つものなのか、このときはまだ深く考えるには至らなかったが、ただひとつ感じたのは、もしかしたらこれも、ある意味では特別な存在と呼べるものなのかもしれない、ということだった。



 第二セレクションの結果が発表されたとき、どよめきの起こる開場の中で、柚木はひどく冷ややかな目でその様子を眺めていた。
 もちろん、あくまで表情は場の空気を壊さない程度に祝福の笑みを浮かべてはいたが、それが上辺だけのものだと気づいた者はいなかっただろう。よほど注意深く観察する者があれば話は別だろうが、今この場で注目を集めるべきは、柚木ではない。
――――やれやれ。妥当な結果なのは認めるが、厄介なことになったな。
 第一セレクションに続いて月森が優勝を勝ち取ったことは、面白くはないものの、決して意外な結果ではない。だが、続く二位は、第二セレクションから急きょ参加となった、普通科二年の土浦だ。リリが強引にねじ込んだのだという裏話は聞いていたが、それにしても、こんな逸材がどこに隠れていたものかと、さすがの柚木も、セレクションでの土浦の演奏には驚かされた。
――――………そして、あの日野が三位。
 まさか自分が香穂子に後れを取るとは思いもよらなかったが、今日の彼女の演奏は、確かにこれまでと明らかに違うものだった。
 悲愴感を滲ませながらも、決して後ろ向きではない。そこに一縷の光を探すような、どこまでも澄んだ音色だった。
 あの音をどのように受け止めるかは、聴いた者の数だけあるのだろう。傍らにいた火原も火原で、彼女の演奏に、何か強く思うところがあったようだった。しかし、柚木はそれが何かを確かめなかったし、いつもなら放っておいても話し出すはずの火原も、不思議なほど静かだった。
――――二年生三人で入賞を独占。しかも内二名は普通科……、か。
 柚木にとってはさして興味を引くような事実ではないが、外野の意見は違うだろうと想像するのは、実に容易い。無意味な雑音が増えるのは好ましくない。まして、その矛先が柚木だけでなく火原にも向かう可能性があることを考えると、実に煩わしい話だった。
 案の定、第二セレクションの結果はお祭り騒ぎにさらに拍車をかけた。しかし、心配していたほど参加者の周辺が荒れることはなく、全体的には良い方向へと盛り上がっているように思われた。コンクール参加者へスポットを当てた報道部の記事が好評なのとも、ひょっとすると関連があるのかもしれない。なるほど、愛想と恩は売っておくものだな、と柚木はこっそりと笑った。
 しかし、そのまま何事もなく第三セレクションを迎えるかと思われたある日の放課後、ひどくぼんやりとした顔の火原が教室に戻ってきたのを見つけ、柚木は思わず眉をひそめた。
「………火原? 何かあった?」
 そろそろ帰ろうかと荷物をまとめていた手を止め、声を掛けた。
 しかし火原は柚木の問いかけにも、話が聞こえているのかもよくわからない、曖昧な返事をしただけだった。その様子は、落ち込んでいるというよりは、むしろ目の前で起きた出来事に困惑しているように見えた。
「火原? 大丈夫かい?」
 再び問いかけた柚木に、火原はようやくまともに視線を合わせた。
「ああ………。うん、大丈夫。なんか、ちょっとぼんやりしちゃって……」
「それは見ればわかるよ。何があって、急にそんなぼんやりしてしまっているのかってことを訊いているんだけど?」
「あー……。そう……、そうだよな。うん」
 困ったように火原は頭を掻いたけれど、困るどころか、自分が今、何に混乱しているのかさえ、よくわかっていない様子だった。これでは埒が明かない、と判断し、柚木はため息を吐いた。
「――――日野さんと、何かあった?」
 案の定、びく、と火原の肩が揺れた。
 顔を上げた火原は、柚木をまっすぐに見て、ぎゅっと唇を噛んだ。
「わからないんだ……。おれにも、何があったのか、よくわからなくて」
「さっき、普通科の教室に行ってきたんじゃなかったのかい? 日野さんには会えなかったの?」
「会えたよ。それで、もし時間があれば合奏しよう、って誘った。………けど、断られた」
「じゃあ、今は断られたことにがっかりしているの?」
 そう問いかけると、火原は急に顔色を変え、勢いよく頭を振った。
「違う!! そうじゃないんだ! がっかりしてるとかそんなんじゃなくて、ただ、何か上手く言えないけど、香穂ちゃんが………すごく、辛そうで」
 尻すぼみになった言葉の後ろを、火原はもどかしそうに飲みこんだ。
 それきり、火原は何も言えなくなってしまい、柚木も何が何だかわからないまま、結局校門の前で行って別れ、帰途についた。
 ただ、何があったのかはわからずとも、火原の様子がおかしかった原因が香穂子にあるということは間違いなさそうだった。あの手の感情は、良い方にも悪い方にも簡単に転ぶ。互いが良い影響を受け合っている内はいいが、一歩間違うと相手に引きずられて不調になってしまうこともある。
――――一丁前にスランプなんて言うんじゃないだろうね。
 車窓から外の夕陽を眺めながら、柚木はそんなことを思った。火原の早とちりで、少し大袈裟に捉えてしまっただけだという可能性もある。だが、胸の内で何かがざわざわとして落ち着かない。それがどこから来るものなのかは、柚木自身もはかりかねていた。
作品名:tricolore-2 (side柚木) 作家名:あらた