tricolore-2 (side柚木)
「勘違いなんかしてませんよ? 柚木先輩がものすごく意地悪くて捻くれた、心やさしい天邪鬼だってことは、よーく知ってますから!」
これにはさすがの柚木もとっさに返す言葉が見つからず、それを見た香穂子は、意趣返しに成功したとばかりに、にっこりと無邪気に笑った。そして、再びぺこりとお辞儀をすると、くるりと軽やかに踵を返し、練習室のある棟へと走っていった。
取り残された柚木は、香穂子に渡されたハンカチを片手に、しばらく呆然とその場に立ち尽くした。ハンカチは、真っ白の生地の上に、同じ色の糸で細かな花の刺繍が施されたもので、一見しただけだと控えめだが、よく見れば繊細で実に華やかだ。やわらかなシルクの肌触りを指の腹で撫でて確かめると、柚木はそれを制服のポケットにしまった。そして小さくため息を吐いたあと、流れ落ちた髪を指ですくって耳にかけながら、思い出したように、ふ、と口許をほころばせた。
「――――ほんと、生意気なやつ」
柚木のその呟きは、春の終わりを告げる微風の中に、溶けるように消えていった。
作品名:tricolore-2 (side柚木) 作家名:あらた