tricolore-3 (side火原)
怪訝な顔で問い返す柚木に、香穂子はこくりと頷く。傍で聞いていた火原には、これで話が通じるのかと思うほど短い遣り取りだったが、驚くべきことに、柚木と香穂子の間ではきちんと通じたようだった。柚木は何やら意味深なため息を吐いたあと、まじまじと火原の顔を見て、こう呟いた。
「火原……。君は少し欲張り過ぎだね」
先ほどの香穂子とまったく同じ台詞が柚木の口から出てきて火原は仰天したのだが、香穂子はまるでそれを予測していたかのように、くすくすと声を立てて笑った。
「ほら、柚木先輩も言ってるんだから、間違いないですよ」
別に否定するつもりはないのだが、今の話のどこが欲張りにつながるのかは、相変わらず見えてこないままだった。しかし、香穂子も柚木も、そんな火原の理解を助けてくれるつもりも、待ってくれるつもりもないようで、気づけば先に歩き始めていた。
慌てて二人のあとを追いながら、ふと火原は言葉を交わす二人の横顔を見て、ふと気づく。
――――二人とも、気づいていないのかな。
二人で話しているときに浮かべる表情が、他の者に見せるときとは違う。あれは、火原と彼らが直接話すときにも見られない。こうして、気づかれないように少し離れた場所からこっそり窺うときだけ、垣間見えるものだった。
二人が仲良くしているのは嬉しい。その気持ちに嘘は欠片もないけれど、あの表情を見るときだけ、ほんの少し複雑な気持ちが混ざることは、秘密にしておこう、と思った。
――――ああ、そうか。欲張りって、こういうことなのかな。
ふいに気づいて、火原は二人の背中を追いかけながら、小さく笑う。
そして追いついた二人の間に割って入り、それぞれの手を握って、交互に二人の顔を見て、笑う。香穂子も柚木も、呆れたように笑って、それでも火原の手を振りほどくことはしなかった。
――――ありがとう。だいすきだよ。
声に出す代わりに、ぎゅっと握りしめた手を引きながら、皆の待つ場所へと向かう。
これが最後ではない。本当の物語は、今ここから始まる。
作品名:tricolore-3 (side火原) 作家名:あらた