ヒーロー、ハンター、地味なオレ!
確か松本政宗ことまっつんの口癖は「俺が世界で一番美しい」だったはずなんだけれど、それは最近もっぱら「常磐津は早く死ね」に変わっている。
自分の美しさと並べてしまうほどに常磐津次郎が憎々しいともなれば、それはそれで常磐津の算段に乗っかってしまっているも同然のように思えるのだが、それをまっつんに伝えられるほど俺の心と身体は強くない。一言余計なことを言えばいくら仲間想いのまっつんであろうとブン殴ってくるに違いないし、そこまでして生命という名の熱き炎を空前の灯にしたいわけでもなかった。ただ、なんとなく、ほんのちょっとだけ、いやむしろかなり、気に食わないだけだ。
俺の存在なぞ常磐津にとっては蚊に血を吸われるぐらいどうでもいいことだろうことが気に食わないのではなく、様々な修羅場を共に越えてきた仲間というポジションをやすやすと奪われるのが許せなかった。中学三年現在、常磐津が仲間と言えるかどうかはどうにも怪しいものではあったけれど、いつか拳で理解し合ってしまう時がくるのをきっと時は止められない。勿論俺も止められない。俺を含む喧嘩仲間が満場一致で「そいつは駄目だ」と言ったところで、まっつんではなく常磐津を言いくるめられるわけがないのだ。
ああ、ああ、なんて情けないことだろう。俺に、俺たちにもっともっと強い力があればよかったのに!
まだ起こってもいない、しかしこれから確実にやってくるであろう絶望的未来に対して、俺の心は若干病んでいた。常磐津とまっつんが協定でも組んでしまったら(あの二人に限ってそのようなことはあり得ないと分かってはいても――協定、ではなく、共闘、と言ってしまうとものすごくあり得てしまいそうなのもまた恐ろしく嫌だ)、もう俺たちがすること、出来ることはなくなってしまうじゃあないか! 用済みとして捨てられるなんてゴメンだ! まるで今までまっつんにこっぴどく捨てられてきた女のような台詞ではあったが(実際にそのようなことを言われている場面にも何十回と遭遇していたが)、とにかくそれほどまでに無様に俺が縋りたいと思っていたのだった。
まっつんがいなければ、俺が居てもいいような場所は消えてしまうんじゃなかろうか。そんな恐怖さえ抱きながら。
俺たちはいつでも十五人でひとつだったし、地元じゃ負け知らずの怖いもの知らずで、割りかし有名ポジションにいたと言っても過言ではなかった。元来一人で喧嘩に興じるのを好んでいたまっつんに、勝手についていく人間が一人、二人と増えていって、今では殆ど行動を共にしている。初めこそまっつんにとって俺たちは金魚のフンでしかなく、邪魔者扱いされるばかりだったけれど、それももう今では昔話だ。まっつんの圧倒的な強さとカリスマ性は勿論のこと、フタを開ければ人情に厚く、仲間想いの性格が知れるにつれ、俺たちの結束は高まるばかりだと、まっつんに伝わっていくのも時間の問題だった。
そうして、誰かの身に危険が迫るにつれ、一蓮托生お前の敵は俺の的精神を生み出したのである。
まっつんは俺の目標であり憧れだった。こんな男になりたいと、本気で思わせる力があったのだ。
常磐津がまっつんに初めて会った時、俺も同じくその場所にいた。決闘だとか抗争だとかそういうわけでは一切なく、ただ常磐津のデート中に、俺たちの仲間が飛び込んでいってしまったのだ。ワザとでは決してなかった。別のグループに追われているところを、なんとか撒こうと、バタバタと横切っただけだ。しかしその頃の常磐津が闘争心の塊のような男だったせいで、一瞬でもデートに邪魔が入ったことによって、戦いのゴングは鳴り響いてしまったのである。ありえねえ。今考えてもありえねえ。あんなクリーチャーとのデートを、ただ集団が走りぬけただけで、十余名居たはずのメンバーを全滅させようと思うか? 思うから常磐津なのか。
随分と昔からその名前だけは知っていたが、まさかここまでだとは思わなかった。まるで女のように細い身体をしているくせ、破壊衝動を抑えることなく、見るも無残な攻撃を仕掛けてくる。それこそ顔面をギタギタにされた奴もいたし、殆ど死ぬような思いをさせられた奴だっていた。常磐津には、加減、という概念が存在しないのではないか。次々とやられていく、元からいた仲間たちが、相手は一人だというのに一切歯が立たないまま地面へ沈んでいく。
恐怖に竦んだ自分の足が、鉛のように重い。
修羅というものを、悠々と見せつけられている感覚に落ちって、何か言葉を発することさえ出来なかった。その時、くるりと振りかえった返り血まみれの常磐津が、俺を見た。にっこりと無害な笑みが異常なほど精神を逆なでたが、それが圧倒的な恐怖だということに気づくのに、数秒掛かった。俺は、勘違いをしていたのだ。まっつんの次に、強いのはこの俺だと。勘違いだった。ただ一つも行動を起こせず、誰を助けてやることも出来ずに、突っ立ってただ殺されるのを待っているだけ。脳ナシの根性ナシだ。
殆ど諦めに近い感情が、胸の奥から湧き出た時、彼は現れたのだった。
「おい、テメー俺の仲間に何しくさってんだよ?」
ああやっぱり、まっつんは俺の目標で、憧れで、ヒーローなんだ。
まっつん、と呼びかけようとして、それと同時に肺のあたりを肘で突かれ身体のバランスを崩す。思わずへたりこむと、まっつんが今までにない形相で、黙ってろ、と言った。本気の眼だった。まっつんは本気で、一対一で、勝負を仕掛けようとしているのだ。こうなるともう、俺の、俺たちの出番はなくなる。その気迫に押され、震える身体を無理やり動かして、遠くで倒れている仲間たちの方に駆け寄った。常磐津は勿論、俺など視界にもいれていない。
「キミ、誰?」
「その辺の奴らの仲間だつってんだろ」
「へえ、そう」
「殆ど死にかけじゃねえか……」
「だって僕のデートを邪魔してきたんだよ? これぐらいされても文句は言えないと思うけど」
「クズ野郎が」
それからのことはあまり覚えていない。
力が完全に拮抗した者同士が戦うと、血が流れるのも僅かだ、ということを知った。
そしてそれが常磐津とまっつんの出会いとなる。
自分の美しさと並べてしまうほどに常磐津次郎が憎々しいともなれば、それはそれで常磐津の算段に乗っかってしまっているも同然のように思えるのだが、それをまっつんに伝えられるほど俺の心と身体は強くない。一言余計なことを言えばいくら仲間想いのまっつんであろうとブン殴ってくるに違いないし、そこまでして生命という名の熱き炎を空前の灯にしたいわけでもなかった。ただ、なんとなく、ほんのちょっとだけ、いやむしろかなり、気に食わないだけだ。
俺の存在なぞ常磐津にとっては蚊に血を吸われるぐらいどうでもいいことだろうことが気に食わないのではなく、様々な修羅場を共に越えてきた仲間というポジションをやすやすと奪われるのが許せなかった。中学三年現在、常磐津が仲間と言えるかどうかはどうにも怪しいものではあったけれど、いつか拳で理解し合ってしまう時がくるのをきっと時は止められない。勿論俺も止められない。俺を含む喧嘩仲間が満場一致で「そいつは駄目だ」と言ったところで、まっつんではなく常磐津を言いくるめられるわけがないのだ。
ああ、ああ、なんて情けないことだろう。俺に、俺たちにもっともっと強い力があればよかったのに!
まだ起こってもいない、しかしこれから確実にやってくるであろう絶望的未来に対して、俺の心は若干病んでいた。常磐津とまっつんが協定でも組んでしまったら(あの二人に限ってそのようなことはあり得ないと分かってはいても――協定、ではなく、共闘、と言ってしまうとものすごくあり得てしまいそうなのもまた恐ろしく嫌だ)、もう俺たちがすること、出来ることはなくなってしまうじゃあないか! 用済みとして捨てられるなんてゴメンだ! まるで今までまっつんにこっぴどく捨てられてきた女のような台詞ではあったが(実際にそのようなことを言われている場面にも何十回と遭遇していたが)、とにかくそれほどまでに無様に俺が縋りたいと思っていたのだった。
まっつんがいなければ、俺が居てもいいような場所は消えてしまうんじゃなかろうか。そんな恐怖さえ抱きながら。
俺たちはいつでも十五人でひとつだったし、地元じゃ負け知らずの怖いもの知らずで、割りかし有名ポジションにいたと言っても過言ではなかった。元来一人で喧嘩に興じるのを好んでいたまっつんに、勝手についていく人間が一人、二人と増えていって、今では殆ど行動を共にしている。初めこそまっつんにとって俺たちは金魚のフンでしかなく、邪魔者扱いされるばかりだったけれど、それももう今では昔話だ。まっつんの圧倒的な強さとカリスマ性は勿論のこと、フタを開ければ人情に厚く、仲間想いの性格が知れるにつれ、俺たちの結束は高まるばかりだと、まっつんに伝わっていくのも時間の問題だった。
そうして、誰かの身に危険が迫るにつれ、一蓮托生お前の敵は俺の的精神を生み出したのである。
まっつんは俺の目標であり憧れだった。こんな男になりたいと、本気で思わせる力があったのだ。
常磐津がまっつんに初めて会った時、俺も同じくその場所にいた。決闘だとか抗争だとかそういうわけでは一切なく、ただ常磐津のデート中に、俺たちの仲間が飛び込んでいってしまったのだ。ワザとでは決してなかった。別のグループに追われているところを、なんとか撒こうと、バタバタと横切っただけだ。しかしその頃の常磐津が闘争心の塊のような男だったせいで、一瞬でもデートに邪魔が入ったことによって、戦いのゴングは鳴り響いてしまったのである。ありえねえ。今考えてもありえねえ。あんなクリーチャーとのデートを、ただ集団が走りぬけただけで、十余名居たはずのメンバーを全滅させようと思うか? 思うから常磐津なのか。
随分と昔からその名前だけは知っていたが、まさかここまでだとは思わなかった。まるで女のように細い身体をしているくせ、破壊衝動を抑えることなく、見るも無残な攻撃を仕掛けてくる。それこそ顔面をギタギタにされた奴もいたし、殆ど死ぬような思いをさせられた奴だっていた。常磐津には、加減、という概念が存在しないのではないか。次々とやられていく、元からいた仲間たちが、相手は一人だというのに一切歯が立たないまま地面へ沈んでいく。
恐怖に竦んだ自分の足が、鉛のように重い。
修羅というものを、悠々と見せつけられている感覚に落ちって、何か言葉を発することさえ出来なかった。その時、くるりと振りかえった返り血まみれの常磐津が、俺を見た。にっこりと無害な笑みが異常なほど精神を逆なでたが、それが圧倒的な恐怖だということに気づくのに、数秒掛かった。俺は、勘違いをしていたのだ。まっつんの次に、強いのはこの俺だと。勘違いだった。ただ一つも行動を起こせず、誰を助けてやることも出来ずに、突っ立ってただ殺されるのを待っているだけ。脳ナシの根性ナシだ。
殆ど諦めに近い感情が、胸の奥から湧き出た時、彼は現れたのだった。
「おい、テメー俺の仲間に何しくさってんだよ?」
ああやっぱり、まっつんは俺の目標で、憧れで、ヒーローなんだ。
まっつん、と呼びかけようとして、それと同時に肺のあたりを肘で突かれ身体のバランスを崩す。思わずへたりこむと、まっつんが今までにない形相で、黙ってろ、と言った。本気の眼だった。まっつんは本気で、一対一で、勝負を仕掛けようとしているのだ。こうなるともう、俺の、俺たちの出番はなくなる。その気迫に押され、震える身体を無理やり動かして、遠くで倒れている仲間たちの方に駆け寄った。常磐津は勿論、俺など視界にもいれていない。
「キミ、誰?」
「その辺の奴らの仲間だつってんだろ」
「へえ、そう」
「殆ど死にかけじゃねえか……」
「だって僕のデートを邪魔してきたんだよ? これぐらいされても文句は言えないと思うけど」
「クズ野郎が」
それからのことはあまり覚えていない。
力が完全に拮抗した者同士が戦うと、血が流れるのも僅かだ、ということを知った。
そしてそれが常磐津とまっつんの出会いとなる。
作品名:ヒーロー、ハンター、地味なオレ! 作家名:knm/lily