最後の命令
「そして、おぬしが衰弱しいてるとはいえ、最終奥義である『七花八裂(改)』も、汽口の前に敗れたであろう?」
「そ、それはそうだが・・・」
言い訳はできない。
奥義の間にあんなけ綺麗に一本入れられたのだ。認めるしかない。
「それはつまり、刀としてのそなた。虚刀流七代目当主・鑢七花は、精神・肉体共に負け、死んだと言ってもよいであろう。」
悪そうな笑みでとがめが言う。
確かに、守れない、勝てないでは刀の意味はない。
死んでいると同義とも見える。
しかし、だからなんだと言うのだ。
そんな事を自覚させて、死んでいると告げる意味がわからない。
「なんじゃ、不満そうな顔をしておるのう。」
そりゃそうだろう。意味が分からないのだから。
「つまり、ここから目覚めた鑢七花は、もう刀ではない。ただの一人の人間となる。」
「・・・へ?」
「わたしに尽くしておったのは、刀・鑢七花だけだ。人間・鑢七花を束縛する要素は一つもありはせん。」
うれしそうにとがめは言った。
七花の束縛を解いてやれるのが、うれしくてたまらない。
「ゆえに、刀・鑢七花はわたしが連れていく。」
「連れて行くってどうやって??」
「うむ、ちと手を出せ。」
七花は素直に右手を前に出した。
とがめの小さな両手が、その右手を包み込んだ。
「うむむむむ・・・・」
その両手に少しだけ力を入れながらとがめが唸っている。
困惑しながらも、なされるがままする事にした。
「どうじゃ?これでおぬしは人間だ。」
満面の笑みでとがめが言った。
「どうだって言われても・・・」
あれ?なんだか体が軽い気がする。どうなってんだ?
「ふふふ。すごいであろう。」
「あ、ああ・・・なにをしたんだ、とがめ?」
「ふん、そんなもの決まっているであろう。」
小柄な体を精一杯そり伸ばし、胸を強調するポーズで彼女は言った。
「ご都合主事のウルトラ幽霊ぱわー。」
「そんなもん簡単につかっていいのか!??」
「だから、ご都合主義と言っているではないか。」
完全に常識無視。人間業じゃない。
あ、今のとがめは幽霊だっけ。
「さて、やる事はやったしわたしは帰る。」
「お、おい。もう行っちまうのかよ。」
少し名残惜しそうにしながらも、とがめは気丈に振舞い、七花に別れを告げる。
「わたしは死んでおるでな。長々と夢の中にもおられはせんのだ。なに、心配するな。そなたはもう立派な人間なのだ。私なしでも生きて行ける。なにより、そなたの目覚めを待ってる者もいる。」
「俺が起きるのを待ってる?」
「起きたら目の前におるわ。ああ、そうそう。これは命令ではないが、聞いてくれんか?」
「ああ、言ってくれ。」
「そなた、できれば汽口とこれからを歩むとよいぞ。汽口も、拒みはすまい。」
「・・・?そりゃ、しばらくは汽口の所に世話になるつもりだが?」
「ふむ、深くは理解できんか・・・まあ良い。どうせ彼女の顔を見たら理解できるわ。刀じゃないんだからのう。」
「そんな簡単に理解できるのか?」
「うむ。それがご都合主義ぱわーと言うやつだ!」
「結局それかよ!」
再び世界は真っ白になり、とがめの姿が見えなくなって行った。
見えなくなる直前に、すごーーーく悪い笑顔で「さて、では閻魔大王に脅しを掛けるか・・・」
などと呟いていた気がしたが、気にしない事にする。
「七花殿!!七花殿!!」
七花は、慚愧の呼びかけにより目を覚ました。
まだ、決着から数分しか時間は経っていない。
それでも、今までの睡眠不足を解消した様に、七花はすっきりとした顔をしていた。
「おはよう。今起きた。」
七花の言葉に、慚愧は胸をなで下ろした。
木刀でも、頭を打てば人は死ぬ。
以前、自分が言っていた事だ。
「七花殿!!頭の方は大丈夫なのですか!?」
「ああ、大丈夫だ。なんかさ、あの木刀折れてたみたいだから。」
え!?っと驚きの声を上げながら振り返る。
そこには、二つになった木刀が落ちていた。
「そうですか・・・折れていたのですか・・・それに気付かないなんて、私はやはりまだまだ未熟ですね。」
恥ずかしそうに慚愧は言う。
「そうじゃないと思うぞ。とがめが言っていたが、あんたがそれに気付かなかったのはあまりにも集中していたからなんだと。俺の為に、悪かったな。」
「いえいえ、そんな・・・って、とがめ殿?今、とがめ殿と言いましたか?」
もうこの世にいないはずの人間の名前に、慚愧は驚く。
もしかして、やっぱり打ちどころが悪かったんじゃ・・・っと、心配していたが、どうやら
そうではないようだ。
「寝てる間にさ、俺の夢の中に出てきたんだよ。そんで、勝負の結果をいろいろ言って、これからの事をさんざん言って帰って行った。」
「それは・・・夢枕に立つっと言うやつですかね。よっぽど七花殿の事が心配だったのですね。」
「そうみたいだな。」
二人して笑った。
慚愧はもう心配していなかった。
七花の目には、以前のような子供の光を宿していたから。
自分がした事が正解かどうかわからないが、確かに、七花を助ける事には成功した事を素直
に喜んでいた。
「して、七花殿。とがめ殿はこれからどうする様に言っておられましたか?」
うーんっと、慚愧の顔を見ながら少し悩んだ七花だったが、答えは直ぐに返って来た。
「どうもさっきまでとがめが言ってる意味がわからなかったんだが、今は分かった気がする。これがご都合主義ぱわーってやつなのかな。」
「はぁ?ご都合主義?」
そして、七花は人生二度目にして、最後となる言葉を放った。
「俺、あんたに惚れる事にした。」
率直な七花からの告白を受けた慚愧は、みるみる内に顔を真っ赤に染め逃げ出した。
ここは出羽・天童将棋村。
名前の通り、将棋の聖地として有名な土地である。
しかし、何年か前よりここには将棋と同じくらい有名な物が出来た。
出来たっと言うのは適切ではないかもしれない。
遥か昔には、将棋よりもそちらの方が有名であったのだから。
その、有名になったものと言うのが剣術である。
町のほぼ真ん中に位置する場所にある道場、心王一鞘流。
この流派は今は、日本全体に普及しつつある。
天下泰平の世にあって不自然ではない活人剣。
十二代目当主が実践していた個人に合わせた鍛錬。
それらが一般受けし、健康を目的とした剣術として世の中に広く知られるようになったのだ。
その総本山たるここ、将棋村の道場は今一組の夫婦が切り盛りしている。
妻は当主として多くの門下生を指導。
夫はあまり剣術の才覚がないため、日々農業により家族の食い物を育てている。
しかし、この夫が昔日本一の剣士であったと言う噂も流れており、その真偽を確かめる為に
入門してくる変り者もいる。
本人はめんどくさがってさっぱり相手にしていないようだったが。
その夫婦には、一人娘がいた。
今年で15になる美しい娘だ。
美しいというよりは、可愛いっと言った方が似合う顔立ちであろう。いわゆる童顔。
背丈は五尺ほどもなく、大柄な両親にはさっぱり似ていない。
似ていないのは背丈だけではない。