最後の命令
「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」
二人の沈黙が場を包む。
お互い、次の一撃で終わらせるつもりだ。
そして、慚愧は気持ちを剣に込めていた。
これが愛に生きることなのかな。そんな事を考えていたら、不思議と力が湧いてくる気が
した。
「・・・・――――――ふっ!!」
七花が決着を付けるため、慚愧に向け突進してきた。
迎え撃つ慚愧に迷いはない。
「虚刀流、『七花八裂(改)』!!」
虚刀流最終奥義・七花八裂の最速の型。
隙を一切なくした、七花最強の技である。
通常、防ぐ術・避ける術はない。
もしそれができるのならば、天才・鑢七実だけだ。
しかし、慚愧は防ぎも、避けもしなかった。
正面から、攻撃を仕掛けていった。
四の奥義『柳緑花紅』を受けながら見据える。
一の奥義『鏡花水月』を受けながら剣を引く。
五の奥義『飛花落葉』を受けながら剣を振るう。
七の奥義『落花狼藉』を受けると同時に、当てる。
そこには、猛攻を受けているような仕草はない。
毎日の鍛錬の様に。
いつもの素振りのように、嵐のような七花の攻撃の中剣を振るった。
「バカン!!」
絶対の自信を持つ奥義の最中に、攻撃を受ける事など想定したことのない七花は、慚愧の
気合・気持ちの乗った木刀をもろに受けた。脳天に。
もちろん、慚愧もただでは済んでいない。
攻撃を受けた箇所は骨が折れ、内臓はかき回されたかのように気持ち悪い。
しかし、致命傷には至っていない。
最後まで奥義を受けなかった事はもちろん、七花の衰弱が大きかったのだろう。
死なない傷とは言え、ここまでの怪我を負いながら剣を振った姿勢のまま立ち続けている
彼女の精神力は流石としか言いようがない。
七花は奥義の続きを出す事は出来ず、その場で仰向けに倒れた。
一つ息を吐いた慚愧は、そこで集中を切らしたかのように振り返る。
そして、握っていた木刀を放り出し走り出した。
「――――――――――七花殿っ!!」
・・・・んっ??なんだここ??
確か、俺は汽口に・・・負けたのかな??
真っ白な空間に包まれて、七花はそんな事を考えていた。
自分以外になにも見えない。
もしかして、死んだのかな。
とがめには会えるのかな。
そんな事を考えていた。
とりあえず歩いてみるかっと腰を上げた瞬間、後方からとても元気な、七花にとっては懐
かしく感じる声が飛んできた。
「ちぇりおーーーーーーーっ!!」
「ぐへっ!??」
後頭部に衝撃を感じる。
しかし、嫌ではない。むしろ、待ち望んでいたかのような感触。
振りかえるとそこには、白髪の女性が立っていた。
髪は出会った当時の様に長かったが、その幼い顔立ちは変わらない。
そして、あの掛け声。間違えるはずがない。
「と、とがめ!!」
「情けない声で呼ぶでないわ!!」
正拳が顔面に飛んできた。
さすがにこれは痛い。
「と、とふぁめ~・・・」
「ふん。まったくもって情けない。わたしの刀はこんなに脆弱であったとは。」
最初から全開でキレていた。
小さな体をとにかく大きく見せるように、腕組みをして踏ん反り返っている。
「まさかあそこまでへなちょこになるとはな。そなたの精神力を読み違えておったわ!」
「いや、そー言われてさぁ。俺、とがめがいないとなんにも出来ないって言ったよな?」
「せめて寝んかこのあほーーー!!」
また殴られた。
三回ほど殴って落ち着いたのか、とがめはゆっくりと腕組みを解いた。
「まあ、それでもお主が情けなく死んでしまう前に話が出来てよかったわ。」
「え?俺死んだんじゃないの?」
「いや、死んではおらぬ。むしろ、怪我すらほとんどしていない。」
「あれ?ここに来る前に、汽口に木刀で思いっきり殴られたような気がするんだけど・・・」
「まあ、殴られたのは事実だ。お主が無様に負けたのもな。」
「じゃあ、なんで死んでないんだ?」
「おぬし、一度木刀を受け止めたであろう?その時、あの木刀はもう折れかけていた。」
「はぁ?じゃあ、汽口は自分の剣が折れてた事にも気付かずに勝負してたってのか?」
「そうなるの。それ程までに余裕がなかったのであろう。あるいは、それ程までにそなたと向き合う事に集中していたとも言えるか。」
向き合う?っと疑問を口にした七花を無視し、言葉を続ける。
「汽口には感謝しきれぬな。こんなダメな男をここまで気遣ってくれているのだからのう。起きたらまず、汽口に感謝するのだぞ!」
「起きたらって・・・聞きたいんだが、俺死んでないならどうなってんの?」
「寝てる」
「寝てる!??殴られて寝てるの俺!?」
「正確には、一度気絶したのだが意識を戻すと同時に眠ったのだ。とんでもなく寝不足であったからなおぬしは。」
「じゃあ、ここは俺の夢の中なのか?」
「まあ、そうなるの。そこに私が無理矢理割り込んだのじゃ。」
「へー・・・なんで?」
「ちぇりおーー!!」
再びコブシが飛んできた。
とがめさん、死んでから攻撃力上がってないですか?
「そんなもん決まっておろうが!!私の命令を無視しそうなダメな従僕をたたき直す為だ!」
「いや、一応生きてはいたんだけど・・・」
ちぇ!! 右足に蹴り
りっ!! 左足に蹴り
おっ!! 顔面に正拳
まさかの連続技が出た。
やっぱしパワフルになってるよとがめさん。
「あんなものが生きていると言えるかー!」
怒りのあまり乱れた呼吸を整えながらとがめは言う。
「わたしは、そなたに生きて欲しい。生きて、誰かと共に歩み、新たな命を育んで欲しいのだ。わたしが出来なかった事を、死ぬまで気付けなかった事をして欲しいのだ。わたしがそなたからいろいろ学んだと言ったであろう?それをそなたが忘れてどうする・・・」
泣いていた。
生前、決して人前で涙を流す事がなかったとがめは、七花の前で恥も外聞もなく泣いている。
死んで、復讐から解放された彼女はとても純真であった。
誰かの為に泣く事ができ、誰かを本気で心配できる。
本来の彼女とはきっと、こうゆう人物であったのだろう。
「でも・・・」
七花の言葉にとがめは顔を上げた。
「なんだ・・・?」
「俺はとがめの刀だから。このまま、他の誰かと共に歩くなんて事はできない。そう思ってたから、眠る事もしなかった。いや、できなかったのかな。いっそ、死んでしまいたかったんだと思う。」
「そうゆうのなら、そなたは今、死んだであろう。」
「・・・はい?いやだって・・・・」
「いや、確かにそなた、鑢七花の肉体・精神は生きておる。極度の寝不足以外は健康そのものじゃ。」
「じゃあ、なんで死んだって・・・?」
「死んだのは、虚刀流七代目当主・鑢七花だ。」
はぁ?っと不審な物を見る目でとがめを見た。
七花にしてみれば、意味がわからないだろ。虚刀流当主=自分なのだから。
しかしとがめは、そんな七花を無視して言葉を続ける。
「そなた・虚刀流七代目当主は、主である私を死なせてしまった。守れなかったのう。」
「あ、ああ・・・」
本人に言われるとキツイ。
っと言うか、今までに雇い主が死んだ後にその本人からきっぱりとこんな事を言われた奴が
他にいるのだろうか?