体、心
正直、言われる筋合いってないと思う。
毎週末、いつもそうであるように、臨也さんのマンションでのんびりとした時間を過ごしていた。急いでやる課題もないし、腰掛けているソファは大きくて、座り心地がいい。ふわりと背もたれに沈むと、目線がちょうどデスクに向かう臨也さんに合うので、僕はこの場所が気に入っていた。でも意図的に臨也さんを見ている訳ではなく、視界の中にいれておく、という感覚で、とにかく僕は傍からみればただ何もしていないで座っているのと同じ状況だと思う。
そんな姿勢から、くつろいでゆったりとした時間の、ほんの少しの瞬間をねらってか、不意にやってくる眠気に負けそうになる。今日も泊まっていく予定ではあるので、臨也さんは昼寝を咎めないだろう。でも、何もしていないのに寝てしまうのはもったいないな、とふわふわ考えている。
考えて、なにか行動を起こそうという結論に至る。そろそろ臨也さんの小休止にも丁度よいだろうし、と思い立ち、コーヒーを淹れようと僕はソファから体を離した。立ち上がってみれば、先ほどまであった眠気は霧散していった。やはり人間は動いていないと思考が停止するのかな、なんて考える。
ケトルに水を入れてセットする。
臨也さんのマンションのキッチンには、綺麗に整理されているので気付きにくいが、少し道具を出そうと覗くと、デカンタやペール缶といった用途はわかるが必要性を感じないものが置いてある。あれば便利、なくても普通にすませる事のできるキッチン用品だ。こういった道具を臨也さんは、あまりに自然に、かつ無駄がない動きで使いこなし、それが非常にスマートに僕の目に映るのが常だった。かっこいい人間は何をしても得だと思ってしまう。この考えで既に負けている気もする。何に、というわけでもないけれど。
ぼうっと調理器具を見ていると、お湯が沸いていた。
沸いた湯を使って、ゆっくり、ゆっくりコーヒーを落としていく。本格的な作法は生憎知らないので、ただゆっくり湯を落とす。このコーヒーを淹れる作業が、僕は嫌いじゃない。
お湯がコーヒーに変わっていく瞬間の、最も際立つ香りが鼻腔を抜けていく。良い香りだ。
「ひぁっ?!」
突然何かが体に触れて、コーヒーに集中していたのもあり、不本意な声がもれる。
「え、なに?」
なに、と聞きつつ、僕はもう触れてきている正体が臨也さんだとわかってはいるのだが、急に引き戻された感覚に落ち着かない。おまけに急に腰に触れた手は、今は腹の前で組まれており、ゆるく抱きしめられている形になっていて、それも落ち着かない。先程までパソコンと書類を交互に見ていた人物が、何故急にここに来たのか。
「臨也さんなんですかっ、」
「んー?」
返事をする気があるのかないのか、抜けた音が返ってきて、次いで首筋に気配を感じる。鎖骨辺りに当たるのが唇の感触で、やはり僕は落ち着かなくて、手を伸ばして彼の形のよい頭をぽんと軽く叩いて指をさしいれる。髪がさらさらと、指の間を通っていく。
「いーなーこれ、と思って。」
「はぁ…、」
言葉を発したと思えば、僕には脈絡が掴めなかった。だがそれは割とよくあることなので、適当に気の抜けた返事をしておく。おそらくこれはこの人の独語みたいなもので、僕に聞いて理解してもらいたいわけではないのだろう。大体の事象は、彼の中で完結している。
「ちゃんと食べてるー?」
「っ、」
そうかと思えば唐突に僕自身に話しかけてきて、相変わらず突拍子もない。ひとまずは、くすぐったいのが苦手な僕のために、骨盤あたりの手をどかして欲しい。大きな手が存外熱を持っていて、薄手の服越しに温度が伝わってくる。臨也さんの人差し指にある指輪の感触も伝わってきて、このマンションの温度設備の良さを実感する。
毎週末、いつもそうであるように、臨也さんのマンションでのんびりとした時間を過ごしていた。急いでやる課題もないし、腰掛けているソファは大きくて、座り心地がいい。ふわりと背もたれに沈むと、目線がちょうどデスクに向かう臨也さんに合うので、僕はこの場所が気に入っていた。でも意図的に臨也さんを見ている訳ではなく、視界の中にいれておく、という感覚で、とにかく僕は傍からみればただ何もしていないで座っているのと同じ状況だと思う。
そんな姿勢から、くつろいでゆったりとした時間の、ほんの少しの瞬間をねらってか、不意にやってくる眠気に負けそうになる。今日も泊まっていく予定ではあるので、臨也さんは昼寝を咎めないだろう。でも、何もしていないのに寝てしまうのはもったいないな、とふわふわ考えている。
考えて、なにか行動を起こそうという結論に至る。そろそろ臨也さんの小休止にも丁度よいだろうし、と思い立ち、コーヒーを淹れようと僕はソファから体を離した。立ち上がってみれば、先ほどまであった眠気は霧散していった。やはり人間は動いていないと思考が停止するのかな、なんて考える。
ケトルに水を入れてセットする。
臨也さんのマンションのキッチンには、綺麗に整理されているので気付きにくいが、少し道具を出そうと覗くと、デカンタやペール缶といった用途はわかるが必要性を感じないものが置いてある。あれば便利、なくても普通にすませる事のできるキッチン用品だ。こういった道具を臨也さんは、あまりに自然に、かつ無駄がない動きで使いこなし、それが非常にスマートに僕の目に映るのが常だった。かっこいい人間は何をしても得だと思ってしまう。この考えで既に負けている気もする。何に、というわけでもないけれど。
ぼうっと調理器具を見ていると、お湯が沸いていた。
沸いた湯を使って、ゆっくり、ゆっくりコーヒーを落としていく。本格的な作法は生憎知らないので、ただゆっくり湯を落とす。このコーヒーを淹れる作業が、僕は嫌いじゃない。
お湯がコーヒーに変わっていく瞬間の、最も際立つ香りが鼻腔を抜けていく。良い香りだ。
「ひぁっ?!」
突然何かが体に触れて、コーヒーに集中していたのもあり、不本意な声がもれる。
「え、なに?」
なに、と聞きつつ、僕はもう触れてきている正体が臨也さんだとわかってはいるのだが、急に引き戻された感覚に落ち着かない。おまけに急に腰に触れた手は、今は腹の前で組まれており、ゆるく抱きしめられている形になっていて、それも落ち着かない。先程までパソコンと書類を交互に見ていた人物が、何故急にここに来たのか。
「臨也さんなんですかっ、」
「んー?」
返事をする気があるのかないのか、抜けた音が返ってきて、次いで首筋に気配を感じる。鎖骨辺りに当たるのが唇の感触で、やはり僕は落ち着かなくて、手を伸ばして彼の形のよい頭をぽんと軽く叩いて指をさしいれる。髪がさらさらと、指の間を通っていく。
「いーなーこれ、と思って。」
「はぁ…、」
言葉を発したと思えば、僕には脈絡が掴めなかった。だがそれは割とよくあることなので、適当に気の抜けた返事をしておく。おそらくこれはこの人の独語みたいなもので、僕に聞いて理解してもらいたいわけではないのだろう。大体の事象は、彼の中で完結している。
「ちゃんと食べてるー?」
「っ、」
そうかと思えば唐突に僕自身に話しかけてきて、相変わらず突拍子もない。ひとまずは、くすぐったいのが苦手な僕のために、骨盤あたりの手をどかして欲しい。大きな手が存外熱を持っていて、薄手の服越しに温度が伝わってくる。臨也さんの人差し指にある指輪の感触も伝わってきて、このマンションの温度設備の良さを実感する。