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物体もじ。
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幻水短編詰め合わせ(主に坊さま)

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antaukuro (テッドと坊さま)



 まるで斬られる大気の精霊すらも見えるようだ、と、テッドはいつも思う。

 古から伝わる棒術・杖術の流れを汲む棍の動きは、その特性も相まって、円やかなくせに力強く、また、しなやかで、掴みどころがない。

 つくづく、この目の前の少年―――我が「相棒」に似合った得物なのだと、実感させられる。


 見えない敵と、あらゆる場面を想定した一連の動き、所謂ところの「型」をひととおりこなした少年が動きを止め、静かに乱れることすらない息を吐く。

 その黒髪を留めるように巻かれたバンダナの余りがゆったりと背に落ち着くのを眺めながら、テッドは、ぱん、ぱんと。

 やる気のなさそうな拍手を、その主に贈った。










「毎朝毎朝、精の出ることだなぁ」


 ひらりと、若草と勿忘草の色が翻り、琥珀の双眸がようやくこちらを向いた。


「……で、毎日毎日、お前は朝っぱらから喧嘩を売りに来たわけか?」


 無造作に引っ提げた棍を片手に、くるりと首を廻らせた少年の頬は、けして軽くはない運動にか、うっすらと赤く、上気している。

 その顔立ちだけ見ていれば文句なしに可愛らしいだろうに、どうしてこいつは口を開けばこうなのか、と、思わずため息が漏れそうになった。

 まあ……そうでもなければ、ここまで馬が合うこともなかったと思えば、それもまた、相手の大事な部分、なのだろうが。


「んなわけねーだろ。1人じゃさびしかろうと、眠い目を擦りながらわざわざ来てやったってのに」

「誰も頼んでいないだろう。大体、俺に付き合えるわけでもないのに」

「無茶言うなよ。身がもたねえっての」

「それ以前の問題だ」

「まぁーな」


 ちいさく肩をすくめて見せれば、同じように苦笑未満の表情を浮かべた少年が、ひょいと棍を投げて寄越した。

 使い込まれた漆黒のそれは、少年の体格に合わせてか、けして大げさなものではなかったけれど、紛れもなく武器である己れを主張するように、ずしりと手に重たい。


「持っていろ」

「それはいいけどよ……今日は終わりか? ……んなわけねえか」

「当たり前」


 世間一般から見ても、十分以上に大きい、この裏庭。

 その一画に、当然のように置かれた剣を、少年は手に取った。


 するりと、音もなく引き出される、鋼の色。


 一拍の呼吸を置いて、鮮やかな赤の胴衣が、ゆるやかに舞い始める。


 棍とは違う、直線的な、けれど、その正統とはやはりどこか趣きを異にする、少年の動き。

 利き腕とは逆の手で掴んだままの、鞘の存在すら計算に入れたような、淀みのない動き。


 棍のそれよりも幾分鋭い音が断続的に響き、空気を切り裂く。


 どこから見ても、非の打ち所がない程度には滑らかなその動きは、おそらく賞賛されてしかるべきものなのだろうが……どうにも違和感が拭えないのは、やはり、普段のこの少年を見慣れているためなのか。


 あれほどに、この少年に似合うと感じた棍の型よりも、目を奪われることが、ない。


 手持ち無沙汰に、預かった棍を玩びながら、テッドはそれを眺めていた。

 目の前の少年の、毎朝の日課である、鍛錬を。




 テッドが、この赤月帝国にそれと名を知られた名将、テオ・マクドールのもとに引き取られてから、そろそろ2年が経つ。

 その引き受け先である将軍家の1人息子、この目の前の少年がこの日課をさぼるのを、出会って以来テッドは一度も見たことがなかった。

 人に言わせれば、実に素晴らしいこと、さすがは将軍家の跡継ぎと賞賛するに違いないが、少年の……ルイシャン・マクドールという、妙に典雅な響きの名を持つ彼の人となりを知っているテッドからすれば、不思議で仕方がない。


 どこからどう見たって、完全無欠の面倒くさがりのくせに。


「テ・ッ・ド?」

「んあ?」


 ふと、鳴り止んだ風を斬る音と、遮られる朝の光。

 逆光の中で、面白そうに光る、琥珀の瞳。


「何か愉快なことでも考えてないか?」

「うわっ……ルイ!? おま……っ」

「いい驚きっぷりだな、さすがはテッドだ」


 とん、と鞘に収めた剣を肩に担ぎ、にや、と薄い口唇を悪戯に吊り上げる。

 預かりものの棍にもたれ掛かりながら、それをテッドは上目遣いに睨みつけた。


「……どういう意味だよ?」

「どうもこうも。で、何考えてたんだ?」

「…………気にすんな」

「そう言われると気になるのが人の性だと思うんだが?」

「知るかよっ! っつーか、お前、終わったのか?」

「今さっきな」


 言葉と同時に差し出された手に漆黒の棍を返し、立ち上がる。

 それを見て歩き始めた少年の隣に歩を進めながら。頭の後ろで腕を組んだ。

 座りっぱなしだったせいか、こころなし、間接が固い。


「なあ、ルイ」

「ん?」

「お前が朝っぱらから剣の練習するなんて、珍しいな」

「そうだったか?」

「だったか? って、そうだろ。いっぺんに何種類もやるのは面倒だとか何とか言ってたくせに」

「あー……まあ、そうなんだがな」

「なんか、理由でもあんのか? 練習試合ででも負けたとか?」


 冗談めかして言った途端、寄越されるやけに物騒な視線。

 ひくりと、あからさまに口唇を引きつらせてみせれば、またすぐに、それは逸らされるけれど。


「まさか?」

「……だーよな」


 かたん、と、あるべき場所に剣を直した少年が、それに身体を向けたまま、顔だけで振り返る。


「今度また、父上が遠征に行くのは知っているだろう?」

「あ? ああ」

「それで、今度、拝命のために謁見する」

「……で?」

「……言わなかったか?」

「何を」

「………………」


 こちらを見ていた琥珀の双眸に、ふと、呆れの色が混ざる。

 全身で振り向いたかと思うと、少年は大げさに両手を広げ、首を振った。

 その意味するところは、「これだから」。


「……何だよ」

「今回の謁見には、俺も同行する、と、確か言ってあったはずだな? それを聞いてさんざん、俺も連れていけだの、後で話を聞かせろだのとごねてきたのは一体誰だった? 俺の記憶が確かなら、今目の前にいる奴だったと思ったんだが……俺もそろそろ年かな?」

「……………………」


(……どうして、こう、こいつは……)


 普段は、面倒くさいとばかりに、口を開くことも少ないくせに、人を小馬鹿にするときばかり、舌の滑りが良くなるものか。

 いっそ解体して、脳のつくりを調べてみたい。


「……そーいや、そんなこともあったような気も」

「気も、じゃないだろ」

「ま、過ぎたことは気にすんなって!」

「それはもちろん俺は過去は振り返らない男だけどな。他人にそういうことを言われるとそこはかとなく反発したくなる」

「俺とお前の仲じゃねーか」

「俺はお前とそこまで爛れた関係になった記憶はないが」

「俺だってねえよっ!!」

「ん、意見の一致を見たな。これにて一件落着」

「してねえよっ!!! お前の頭、一体どうなってんだ!?」