幻水短編詰め合わせ(主に坊さま)
「見学は1日券が大人500ポッチ、半日券が300ポッチ、ガイドつきは100ポッチ上乗せ、子どもは半額」
「わけわかんねえこと言ってんじゃねえ! つーか高えぞ!?」
「我が侭な奴だな」
「そ・れ・はっ! こっちの台詞だぁっ!!!」
……違う。
根本的に違う。
怒鳴った瞬間に頭が冷えて、テッドは全身から力を抜く。
傍迷惑な騒音に、ばさばさと鳥たちが飛び立つのを横目に見ながら、右肩に棍を担いだ少年は欠伸をひとつ。
「朝っぱらから、元気だな、テッドは」
「誰のせい……ってもう、いい。それよか、ルイ。お前がテオ様の謁見にくっついてくことと、いきなり剣の訓練をすることに、何の関係があるんだ?」
のほほん、とした、あまりと言えばあまりな台詞にまたも青筋が立ちかけるが、この相手には何を言っても無駄と、1日きっちり5回は確認させられることを心に刻んで、話題を修正すべく、言葉をつなぐ。
対して、ああ、とつぶやいた少年は、気もなさそうに、ため息をついた。
「たぶんだけどな。俺も、そろそろ仕官させられるだろうから」
「仕官、って……」
意外と言えば意外、けれど当然と言えばあまりにも当然の内容に、目を瞬く。
目の前の少年も、そろそろ16。加えて帝国5将軍の筆頭に数えられるテオ・マクドールの嫡男となれば、それは何一つおかしくない話であろうが。
「……それが?」
確かに、帝国軍は基本的に剣を用いて戦うが、別段、それでなければならない、という決まりはなかったはずだが。
「俺はマクドールの嫡子なわけだ」
「当たり前だろ」
「となると、地方軍に配属になる可能性は、限りなく低い」
「……だろうな」
「かと言って、中央軍も、5将軍の私兵的色合いが濃いからな。父上の性格からして、自分の軍に配属させるとは思えないし、ついでに他の将軍の配下には、なおさら入れないだろう」
「……で?」
「そうなると、可能性が高いのは近衛隊か帝都守護隊。もしくは陛下直属の中央第1軍」
「……ああ」
「これらの隊は、帝都の警護の役割の他に、儀杖兵としての性格も持ってるだろ」
「そうだっけ?」
「だとすると、一応は剣も使えないとまずいだろう」
「……なるほどな」
ひと通りの説明に、素直にうなずいて見せれば、この少年は。
一気に喋った疲れに息をつきながら、これみよがしに、呆れた視線を投げつけてくれる。
「本当に鈍いな、お前」
「っせーよ! 帝国軍の内部構造なんか知るかよ、普通!?」
思ったとおりの口調と、台詞。
頭を掻き毟って声を上げれば、
「普通じゃないだろ」
当然のように、寄越された言葉。
これみよがしな、表情を取り繕う寸前の、かおを。
見られは、しなかっただろうか?
「仮にも将軍家に住んでるんだ。その程度、知っていたっていいと思うがな。それに」
「…………んだよ」
「じき、俺だって、その一員になるんだ」
だから。
だから?
自分は、知っているべきだと、てらいもなく、主張するのか。この、少年は。
くしゃりと。
掻き毟った前髪で、目を隠す。
右手を覆った手袋が、分厚く、朝の光を、かき消した。
「……っしゃーねーな。ま、お前がそこまで言うんなら、覚えててやらないでも、ないけどなー?」
心から、浮かべることのできた笑みの形を、少しだけ、変えて。
今、この、今。
目の前にいる、少年に向けるのに、相応しいように。
「やっぱ、俺がいないと寂しいんだよな、ルイはぁ?」
「いつ誰がそんなことを言ったと。慣れない早起きのしすぎで脳からプラズマ出てるんじゃないか」
「照れるな照れるな。俺にすべてを知ってて欲しいんだよな?」
「俺のすべてが知りたいとは、ついに本性を現したな、変態」
「まあまあ、お前の本心は分かったから、安心しろって」
「変質者に安心しろと言われて安心できる人間がいると思うか?」
「俺の目の前にひとり」
「ああ、ついに幻覚まで。我が親友よ、グッバイフォーエヴァー」
「わけわかんねー言葉使うなっての!」
「教養が足りないな、テッド」
「お前、教養を馬鹿にしてるとそのうち文鎮で殴り殺されるぞ」
他愛のない、言い合い。
手ぐしで適当に整えた髪から手を離せば、遮るもののなくなった朝の光が、惜しみもなく、この静かな裏庭に降りそそぐ。
「坊ちゃああぁぁぁーん! テッドくーん!!」
「……ん?」
「……ああ、もうそんな時間か」
ふと、その空気を壊すように、響いてくる、聞き慣れた声。
「朝っぱらから一番元気なのは、間違いなくあいつだな」
「同感。グレミオさんの血圧って、いっぺん測ってみたいよな」
「止めておけ。想像がつき過ぎてつまらん」
「まぁーな」
ひゅん、と。
手を馴らすように、握った棍を、一度だけ、打ち振って。
赤の胴衣と若草色のバンダナを翻し、少年が振り返る。
「坊ちゃああぁぁぁーん!!!」
「さて、行くか」
「だな。あ〜、腹へった」
近づいてくる呼び声に、顔を見合わせて二人、苦笑を浮かべて。
毎朝と同じ、裏庭を、後にした。
いつもと同じ、他愛ない日を、始めるために。
作品名:幻水短編詰め合わせ(主に坊さま) 作家名:物体もじ。