幻水短編詰め合わせ(主に坊さま)
akrajo (キルケ)
鎌を選んだのは、単に剣が扱えなかったからに過ぎない。
実際はどうあれ、固定されたものを刈るだけならば剣ほどには力の要らない鎌は、慣れない者にもまだ扱い易そうに見えたのだ。
そんな理由であっても、幾年も使い込んでいれば、それなりのやり方、というものが身に付いてくる。
角度。力。呼吸。
効率的に仕事を終わらせるための術は、すでに身体の一部のように、染み付いている。
首を刈る。
そんな、絶望しか目に入らぬような、わざが。
そうと気づいたとき、男は、低く笑った。
闇深き処に在りて、生命を摘み取る鎌を振るう。
それはつまり、死に神ではないのか、と。
何の気もなく、ただ効率だけで仕事道具を選んだあのとき、すでに自分は、鎌の持ち主であることを。闇の中にのみ棲むことをも、選んだのだろうか 、と。
それとも、首を刈るという仕事を効率だけで考えられた最初の最初から、間違い尽くしていたのかもしれないけれど。
同じ暗さにいた者たちは、一人ずつ、堕していった。
罪人とはいえ、人の命を刈り続けることに耐え切れず。または、絶対の主のように断罪の刃を振るうことに溺れきり。
そんな中で、独り、ただの仕事としてしか捉えていなかった男だけが、ほんの初めと何ひとつ変わらぬ心のまま、残された。
男は、手に馴染んだ首刈り鎌を見つめる。
数多くの命を吸い、まだしばらくは吸い続けるだろう、鈍い輝き。
けれど男はもう、それを死に神のものだとは、思えない。
なぜなら、知ってしまったからだ。
絶対なる冷厳さを持って、文字通り生命を摘み取り、吸い上げる本物の鎌を。
一筋の迷いもなくそれを振るって見せる、酷薄なるその主を。
血を、魂を際限なく狩り立てて昏く輝くその刃こそ、死に神の名に真に相応しいと、そう思ったから。
だから、男は思ったのだ。
そうなら、自分はもう、要らないのだな、と。
そして、思った。
だったら、違う場所に出てみようか、と。
今まで棲んでいた昏い場所から出て、少しばかり、明るい処に出てみようかと。
弾き出された、のなら。
深き闇に相応しい主は別に在り、偽者はもういらないのだと、去るべきなのだと放り出され、宙に浮いたこの身柄を、昏き死に神のもう片方の手が無造作に掴み上げた。
生命を摘み取る死に神の鎌と、生命の在る場所を守らんとする毅き意思を両の手に握る、光にも、闇にも染まらぬただ独りの少年。
その、偽者などではない、本物の在り様を、見てみたいと、思った。
ざらりと、キルケは、手に馴染んだ鎌を撫でる。
首を刈ることしか知らぬ自分でも、今は、この戦乱の中なら、それを何かに使うことも出来よう。
そして、本物の死に神を見つめ続けたなら、偽者でなく、他の何かになれようかと。
だから、男は、もうずっと昔に選んだ鎌と共に、解放軍の軍主だと名乗るこの死に神のそばにいてみようと、思ったのだ。
作品名:幻水短編詰め合わせ(主に坊さま) 作家名:物体もじ。