幻水短編詰め合わせ(主に坊さま)
afektita patoso (坊さまとセラ)
「あなたは、さぞ私が憎いのだろうと、ずっと思っていました」
事の最初に、そう、彼女が言った。
「なのに何故、あなたは未だ、私を排除しないのですか?」
触れればいかにも涼しげな音さえしそうな髪の一筋を揺らすこともなく、彼女はただ言葉だけを継いだ。
その端然とした姿があまりにも、ふたり、互いに想う相手に似ていて、だから少し可笑しく思ったのだ。
「ルイさま」
だから、彼は──ルイシャン・マクドールは咽喉を鳴らして笑った。響きばかりは明るく、何かの始まりに相応しく。
「必要、ないからな」
それから、少しばから首を傾げて、瞬いた。
「いや──必要、だからか」
指を伸ばして、彼は彼女に触れる。娘時代を迎えるその躰は柔らかく、髪は最上級の織り糸のように艶やかだった。
静かな水の色をした瞳を覗き込み、頬を撫でて、彼はまた笑う。
まるで、愛おしむ、ように。
「憎い──か。お前がそう思った理由は、お前がずっとあいつの傍にいるからか? それとも」
「ルイさま」
顔の輪郭を滑った指が、ほそい首に触れた。鼓動を刻んでいることすら感じ取れないような、白い皮膚。
「俺さえ締め出してあいつがやろうとしていることに、お前は関わっているからか」
笑みを深くして、彼は微動だにしない身体を抱き寄せた。
馴染んだものより温かい感触に声さえ溢しながら、彼は笑い続ける。
髪を掻き遣り口唇を寄せて、その耳に吹き込んだ。
「そんなものは、どうでも良い。実際、俺はお前に感謝すらしている」
何も、身動ぎもせず、視線までも固めたままで、彼女はその声を聞いた。
「お前は、便利だよ。だからそのまま、何も惑わずに、風に纏わりついて、風に吹き散らされて、ひらひらと遊んでいれば良い」
すべてを始めようというときに。彼はそう告げた。
いちばんに、何よりも障害となるかもしれない彼の真意を測るべく対した彼女に、いとも楽しそうに囁いた。
「セラ。お前はそのままで、風がどこで何をやっているか、俺に見せ付けていろ」
いとも柔らかく彼女を抱き締めながら、ルイシャン・マクドールが、宣告した。
それが、そう。事の最初のこと、だった。
作品名:幻水短編詰め合わせ(主に坊さま) 作家名:物体もじ。