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物体もじ。
物体もじ。
novelistID. 17678
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01/Tio estas farebla.

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 苛立ちをまぶした苛烈な瞳と、ただひとこと。



「うるさい、間抜け」



 呟かれた言葉に、唖然と目を見開いた。


 


Kion vi deziras? / 04

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「何だ? このガキ! いきなりぶつかってきやがって!!」



 先の声を、浴びせられたこの怒声に対する返礼として、至極あっさりと放っておいて、 肩にひっかけただけの外套の上に軽く棍を担いだその少年は余りな言葉に唖然とする兵たちを、睥睨する。
 収められた鬱屈に、琥珀の瞳を黄金(きん)と見紛うばかりに輝かせて。


 激発を知らぬ、凪のような激情のインクルージョン。


 そんなものを抱えた宝珠に、何ものが逆らえるというのか。



「近衛隊士、か……ふぅ、ん」



 ふわり、と首を傾げる仕草に、瞬いた瞳。鷹揚、とすら見える綻びを刷いた口唇に、軽く指を当てて。


 にこり、と。


 彼は笑って見せた。



「お……お前らを守ってやってる帝国の兵士様に向かってなんて言い草だ!」



 それに一瞬、時を止めたように硬直していた兵が、それでも次の瞬間にどうにか自分を取り戻し、先の暴言にようやく怒りを示す。

 それでも、不可思議な少年の余裕は、小揺らぎもしなかったのだけれど。


 大の大人、それも皇帝の側近く仕える帝国近衛隊士を恐れ気もなく見上げながら、無邪気とすら言える瞳の光と、口調で。



「その割には物々しい出動で、帝都のみんなは怯えきってるみたいだけどな。将軍の出征と違って、見送りに出る者もいないようだし」

「何だと!?」

「まあ、そんなのはどうでもいいか。ちょうどいい、近衛隊士なら、用があったんだ」



 肩に担いでいた棍を握り直し、ただ重さにつられて自然に降ろしただけのような動きで、棍の一方が、宿の床を突いた。


 響く、硬い音。


 まるで、遠方と交わす信号のように、誰の耳にすら届き、その意識を奪い去るだけの、音。



「話が、あるんだ。聞く気は、あるか?」



 眇められる双眸、彼らを見据えるのは、琥珀の硬さではなく、インクルージョンの苛烈さ。

 降り立つ沈黙に口唇の端を吊り上げながら。彼はさらに言った。



「ああ、その前に確認を。お前たちは、皇帝と、ウィンディと。どちらに忠誠を誓ったものだ?」



 皇帝と、その寵愛を受けていると言われてはいるが、ただの宮廷魔術師と。

 どちらに忠誠を誓うのかとは、本来ならば……それも、近衛隊士という立場にある者ならば、答えはただのひとつしかないはずで。

 そんなおかしなことをごく当たり前の確認のようにして尋ねる者が、普通の少年であろうはずもない。


 ただ、身体の動くままに立ち上がり、しかし何をしたいのか己れも把握出来ずに立ち尽くしていたビクトールは、ふと思い出す。

 昨夜から、やたらと兵士が街をうろついている理由。

 手に入れたはいいが、さすがに少々信じきれず、おまけに目先の懐具合が心配で、つい忘れていた、その情報。


 帝国五将軍の筆頭に数えられるテオ・マクドールには息子がいる。そして、その理由までは分からないが、その嫡男が、帝国に反旗を翻し、反逆者として追われていると言う。


 俄かには信じがたいような話だが、何かの足しになればと集めていた帝国五将軍にまつわる情報、その中にわずかながらあった情報と、目の前の少年に、差異は見当たらない。

 今年で16になるその嫡男は、母親に似た整った顔立ちの持ち主で、なかなかな棍の使い手であると言う。


 けれど、風聞とは、何と当てにならないことか。

 数ある少年の特徴の中、この筆舌に尽くし難い双眸のことなど、何も伝えては来なかった。


 間近に見てしまった今となっては、これ以外に、少年を語るべきことなど、見つける気にもなれないと言うのに。


 奪われた視線を取り戻せないままのビクトールなど知らぬげに、ひとつ、瞬いた少年が、ふと表情を和らげる。



「当然、陛下だとは思うけれど。そうなら、訊きたいことと、是非聞いてもらいたいことがある」



 琥珀の双眸が瞬くたびに、深められる苛烈な色、比例するように増す輝き、封じ込められる、視線。


 それに真っ向から捕らえられた近衛隊士は、無礼極まりない態度への憤りすら忘れて、帯びた剣に、指をかけることもない。


 それを当然のことと為してしまう、飴色の宝珠。



「此度の出動は、真に、陛下の御意志か、否か。知っているか」



 ほとりと落としたのは、真摯な意志のようでいて、同時に、この上のない、疑心の種。


 少年が意図したのがどちらであるかで、此方の対応を決めなければならないと……そう考えて、ビクトールは気づく。


 望んでしまっている。


 もはや、今まで頭を悩ませていたはずの、目の前の机に並べられた空の皿などは忘れきり、愛剣を手に、踏み出そうとまで、この身体は動いている。


 もし、ここで、その場を壊さんとばかりに乱入した人影さえなかったら、何の見通しもないまま、少年の意図すら無視して、彼はそこに割って入ってしまっていたかもしれない。


 幸か、不幸か、その事態は、寸でのところで回避されたわけなのだが。


 静謐ですらあった場を、不釣合いなまでに高い靴音が、掻き乱す。

 次いで、必死の形相で少年のもとまで駆け寄ったのは、長い金髪を振り乱した優男と、険しい顔で、今にも腰に提げた得物を引き抜かんばかりの、一目で手練れと分かる、女戦士。



「ぼぼぼぼ、坊ちゃんっ!! 大丈夫ですか!!!」

「お前たち、坊ちゃんに何をっ!?」



 この闖入者に瞠目したのは、唐突に敵意を向けられた近衛隊士も、ふたつの背に庇われる形になった少年も、同様で。



「グレミオ、クレオ……」



 呆然としたように呟いて、廻らせた視線に宿の女将の蒼白な顔を捉え、少年は苦く息を吐いた。



「……なるほどな」



 どこか疲れたように眉をひそめたその琥珀の双眸から、今の今まで場を支配していた輝きが、掻き消える。

 驚くほどあっさりと霧散したそれを拭い去ってみれば、そこに残ったのはまた、どこか違和感は残れど、ごく普通とも言ってしまえる、ひとりの少年で。


 闖入者の存在よりも、その変化にこそ、ビクトールは肩透かしを喰らって足を止めた。



「……坊ちゃん……?」



 けれど、拡散しかけた注意を、近衛隊士の呟きが、引き止める。


 ビクトール同様、宝珠の支配から逃れたのだろう近衛隊士の目に宿る、それまでとは違うもの。



「確か、お尋ね者のマクドール家のガキも、そう呼ばれていたな……」



 今度こそ、剣にかかった指に、少年を背に隠した二人に、緊張が走った。


 その後ろで、苦虫を噛み潰したような顔でそれを眺める、紅衣の少年。


 今度こそ、ビクトールの腹は決まった。

 取り戻した自分のペースと、視界の隅に映る宿の女将に、ふと最高の理由付けを思いつく。




作品名:01/Tio estas farebla. 作家名:物体もじ。