リヒャミュで忠犬5題
5 / あなたのためなら、たとえ
「よう、お互い生き延びたな」
豪放に笑って手を上げる相棒に鼻を鳴らして、彼は不機嫌な視線をめぐらせた。
さほどに労せず、すぐにその小柄な身体が見つかる。
―――そうだ、いつだって、そこにいる。
鈍い金の色をした髪も、剥き出しになった腕も、顔も、全身を朱と煮詰まったような赤黒に染めた少年が、場にそぐわない柔和な笑みを浮かべて、いつものように彼を見つ めていた。
戦に慣れた彼は、すぐにその少年を染める色の意味を理解する。
何よりも手間と時間を短縮するために、全ての敵兵の頸を、切り裂いてきたのだということを。
―――そのすべてが、ただ彼の近くに在るために。
混戦状態の中、誰よりも迅速に、的確に合流した一隊は、あまりにも無茶な特攻に、隊長を除いた誰もがくたびれ果てていた。
―――妨げたものを、すべて斬り捨て、前も後ろも顧みなかった。
「今度こそ死ぬかと思ったがな」
視線を相棒に戻してそうぼやけば、ひょい、と軽い仕草でその視界に割り込んできた血まみれの顔が、にっこりと笑った。
「そんなことはないよ。だって、ミューラーさんは、強いんだから」
―――そう言って、彼を言葉で繋ごうとする。
こびりついたまま固まって、表情が深まるにつれて剥がれ落ちる赤黒い汚れの合間から、そこだけ色を被りようのない目が、きらきらと邪気のない光をこぼす。
もう何年も前、同じようにして、やはり他者の血を全身に浴びて、この子どもは笑っていた。
―――あれは、誰の血だった?
今や、下手をすれば彼も、彼の相棒も敵わないかもしれないくらいに強くなった子どもは、それでも彼を「強い」という。
―――それなのに、守ろうとする矛盾に、自分でも気づいている。
戦場に出れば。何よりも彼の姿を求め、彼の無事を確保しようとするのが、その「強さ」に縋りたいゆえか、それとも、その「強さ」を守りたいゆえなのか、すでに、彼には判らない。
―――そこに、疾うに別の感情が入り混じっていることにも。
―――もしかすると。
「黙れ。当然だろうが」
強さだけを信奉することを教えられ、それを厭いながらも結局、それ以外、自らの裡に芯となるものを見い出せなかった。
―――そうして、見つけた。
彼が剣を折るときになら、そんな子どもの想いがどちらにあったのか、知ることが出来るのかもしれないけれど。
―――そのときにこそ、すべてを捕らえきらなければ、ならない。
作品名:リヒャミュで忠犬5題 作家名:物体もじ。