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物体もじ。
物体もじ。
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幻想水滸伝ダーク系20題

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01 / 右手



 ひらり、と、テッドは右手を翻すことを、いつか、別れの挨拶にするようになっていた。

 皮手袋に包まれた、今では陽はおろか、闇にすら晒すことのなくなった、右手。

 誰かに別れを告げるとき、どこかを後にするとき。

 テッドは、必ずひらり、と右手を振ることを、挨拶の代わりにしてきた。


 最初は、ただ、別れを口にしたくなかっただけだったのだと、思う。

 幾度でも繰り返される、必然の別れ。

 物言わぬ相手にするのよりは遥かにましではあっても、やはり、それは楽しいものになど、なるはずもなくて。

 最初は、離れがたい相手を自分の中に刻み付けるようにしっかりと見つめて、言葉を尽くして別れを惜しんだものだったけれど。

 いつのころからか。

 テッドは、別れのときに、相手を見るのをやめた。

 声を出すことも、そのうち、やめてしまった。


 ただ、ひらり、と右手を翻す。それだけで。


 繰り返すうちに、どんどん、それが自分に馴染んでいくのが、わかった。

 けれど、言葉も、表情もなく、静かなだけの別れを積み重ねていくうちに、いつしか。


 そのことに、意味を見つけてしまったのだ。


―――この右手に宿りし紋章よ。呪われしソウルイーターよ。


 見えるか? あれが、俺が世話になった人たちだ、と。

 別れを惜しむ、そのことがお前に分かるだろうか? と。


 自分の代わりに、彼らのことを……食い損ねた人々のことを、しっかり自分の内に刻んでおけ、と。



 一人で、いつ果てるとも知れない時を生きていくのだと、唐突に悟ったあのとき。

 テッドは、後ろを見ることは、やめた。

 どんどん長くなっていく、自分の軌跡を振り返ることは、やめた。


 そして、前を見ることもまた、やめてしまった。

 どれだけ進もうとも、終わりなど見えるはずもない道を眺めるのは、つまらないと思ったから。


 代わりに。


 この右手に居座る紋章が、過去を見ているだろうから。

 その中に封じた、喰らってきたものたちを、きっと覚えているだろうから。

 喰い損ねた悔しさを、忘れることはないだろうから、と思ったのだ。



 ひらり、と右手を翻すことで、テッドはすべてに別れを告げて。

 ひらり、と右手を翻すことで、テッドはソウルイーターに、別れを告げること、を教えた。