幻想水滸伝ダーク系20題
10 / 束縛
人の姿には、その人の生まれ育ちがどうしても出る。
それはもちろん、衣装や所持品もその判断に影響は与えることだろうが、そんなもの以上に、物語ってしまうものはあるのだ。
例えば、声。ただ話すためだけのそれと、詩歌を朗じ、人に命じることに慣れたものは、まったく違う。
例えば、動き。極限まで洗練されることを求められる貴族や鍛え抜かれた武人は、市井の者と同じ動きには戻れない。
特権階級に在る者とそうでない者は、何もかも、違う。
だから、テッドは考えたのだ。
「ルーイシャーンーくーん。あっそびーましょー」
おどけた声と共に、ノックもなく大将軍の子息の部屋に入り込む。
これが他家ならすぐにも叩き出されるだろうし、いくらこの家でも、こんなことが許されるのはテッドだけだ。
マクドール家嫡子のルイシャンは、テッドだけに、その許可を与えた。
部屋の主は、今日は午(ひる)までは種々の講義でいっぱい。だが、それからは、珍しくも何の予定も入っていない。
本来、どこだかの屋敷に招かれていたのを、直前になって断ったために出来た時間ということも、テッドは知っていた。
ただし。
「やはり来たか。行動の読み易い奴め」
この、姿かたちだけは秀麗な少年は、例えばテッドと過ごすために予定を変更する、などという可愛げとは無縁である。
十中八九、一度受けたはいいものの、途中でやはり行くのが面倒くさくなってやめたに違いない。
「ふふん。どうせお前、あれだろ。せっかくの空き時間はテッドくんと有意義に費(つか)いたいだろ? 自分から誘えないルイのてめに、来てやったぜ」
「自分の都合をあたかも人の為のように言うな、似非偽善者」
「偽善者って、そもそも似非じゃんか」
「それにすらなりきれていない未熟者だからな、お前は」
「ま。照れ屋なルイシャンの照れ隠しは置いといて」
「置くな」
「じゃーん!」
心底苦々しげに吐き捨てる部屋の主にはかまわず、ひらん、とテッドはその眼前に鮮やかな色に染め抜かれた布を広げる。
唐突、かつ意味不明の品と、いやに楽しげな親友に、つくづくと目の前の布を眺めながら、琥珀の瞳の将軍の嫡子は、とりあえずの疑問を述べた。
「何だ、これは」
間髪入れずに返された言葉は、
「布」
「…………」
数拍の無言を挟み、いきなり、ふたりのちょうど真ん中にあった布が、勢い良く跳ね上がった。
「お」
「ちっ……仕損じたか」
跳ね上げたのは、思い切り突き出されたルイシャンの拳。
座ったままの体勢からよくぞここまで、というくらいに体重の乗ったそれはあっさりとかわされて、ただ布をまとわりつかせて宙に浮いた。
「まーまー。そう尖るなって。お前にプレゼントだよ」
「お前、なめているのか? この俺に貢ぐのに何だこの安っぽい生地は」
「だーって、そういう目的のもんじゃ、ねーし」
笑って、テッドはルイシャンの手から布を取り上げ、ひょいと彼の頭に覆いかぶさる。
「おい、」
耳にかかる髪を掻きやり、最上質の織り糸もかくやという黒髪に、鮮やかな若草の布を結んだ。
肩に垂れるその余りは、双藍を裏に乗せて、その色を目に灼き付ける。
「おっし。これで大丈夫……ま、少しは」
人が属する階級は、どうしたって、その姿に表れてしまう。
例えば、陽に灼けたことのない、労働者には有り得ない真白き肌に。
例えば、手入れの行き届いた、思わず指を絡めたくなるような、その髪に。
「やっぱあれだろ。お忍びってロマンだろ? となると、身分って奴は隠しとかないとな〜」
「…………」
「てわけで、どっか行こうぜ?」
「ん」
髪も、肌も、声も、動きも。その磨き上げたような麗質さえ、本当は、テッドとまったく違うもの。
あまり表情を変えないながらも、今、嬉々として窓から抜け出そうとしている少年は、生粋の特権階級だ。
彼を形づくるすべてが、彼を、そう定義づけている。
「テッド」
「あ?」
「これなら、どこに行っても大丈夫か?」
「あー……多分」
「そうか」
だから、変えることは出来なくても、せめて隠して。
そう、同じものを、見に行くために。
作品名:幻想水滸伝ダーク系20題 作家名:物体もじ。