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貴方なんていらない/君が欲しい

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「そういえば、誕生日だったんだって? 知らなかったよ。言ってくれれば真っ先に祝ったのに」
うそ。真っ先に帝人はそれを思う。彼が嘘をついている証拠なんてどこにもないというのに、帝人はそう確信している。
臨也はとても上手に嘘をつく。帝人がそれを見破るのは正直に言うと難しい。だから彼は臨也の発言すべてを初めから嘘だと思って取りかかることにしている。そうすれば無駄に振り回されることもないし、自分が傷つくことも少なくなる。
過剰な自己防衛と思うこともあるが、実際そうでもしなければ付き合ってられないのだ、この折原臨也という男とは。
何も答えない帝人につれないねとだけ残し、臨也はハートが描かれたエスプレッソを口に付けた。わずかに眉がひそめられたのを帝人は見逃さない。
池袋の駅から離れた場所にあるこのオープンテラスには、日曜日の午後だというのに帝人たち以外の客はいない。それは、サービスの悪さだとか単純に味の悪さのせいなのだろうと予測できる。
帝人はやる気なさげに置かれたコーラの瓶にまだ手をつけていない。
「欲しいものとかある? 大概のことなら聞いてあげられると思うよ」
「特にないです」
「無欲だね、帝人君は…それじゃあ、いらないものは?とりあえず、それは買わないようにするからさ」
「臨也さん」
遠くで車のクラクションが鳴っている。街の雑踏はここまで届かないのでそれはやたらと大きく響いたが、すぐに消えてしまう。大きな音の後に訪れる静寂が何よりも静かなことを帝人は知っているので、やって来たそれに自分の声を乗せる。
「いらない」
「そっか」
ショックを受けた様子は見られなかった。嫌になるほど彼はいつもと変わらない。この様子では、帝人が彼の横面をひっぱたいて罵倒したとしても、さほど態度を変えないだろう。痛いなあなんて少しだけ眉をひそめてみて、それで終わり。
思った通りの反応を返されたが、そのことに感情はもう動かなかった。きっと悲しそうな反応を見せられても何も思わなかっただろう。
「冗談、ですよ」
「なんだ、びっくりした。帝人君に捨てられたら俺きっと泣いちゃうよ」
「泣く臨也さんなんて新鮮ですね。それはそれで見てみたいなあ」
「はは、さらりと怖いこと言うね。俺が泣いたところ見たっておもしろくないよ、きっと」
そんなことはないと彼は思う。心の底から涙を流す臨也を見たなら帝人は一生で一番の喜びを感じるだろうし、今まで彼がついてきた嘘をそしてこれからつくであろう嘘もすべて許せるだろう。
それは帝人が考えうる中で、二人とも幸せになれる答えだった。
「で、本当に欲しいものないの?」
「じゃあ臨也さんでいいです」
「で、なの? 俺としてはが、がいいな」
「じゃあ臨也さんがいいです」
「じゃあもいらないよ。本当ひどいね、帝人君。俺はこんなに帝人君のことが好きなのにさ」
うそばっかり。そう臨也の耳に届かないように呟いて、帝人は初めて炭酸が抜けきったコーラに口を付けた。ろくに氷も入っていないものだからぬるくてまずい。
嫌な顔をしたであろう帝人に、一番はじめにこの店は結構いけるよだなんてぬけぬけと言った人は相変わらずの底が見えない笑顔を向けている。
いつかこの人を許せる日が来るのだろうと考えてみたが、そんな永遠に訪れない情景が浮かぶはずもなかった。