永遠に失われしもの 第14章
「グレルさん、
お化粧は人前でするものではありませんよ
私もぼっちゃんのお召し替えをしますので
バスルームに行って頂けますか?」
「フフフ・・待っててね、セバスちゃん。
アタシの美貌を磨いてくるからッ!」
穏やかに晴れた朝のまばゆい陽が差して、
山吹色と白の淡い色調でまとめられた部屋
は清々しく、窓の外に見える木々は、
青々と葉を茂らせ、心地よい風にのって、
揺れている。
漆黒の執事は、朝を迎えても、未だ深い
昏睡に落ちたままのシエルの寝具をはぎ、
その華奢な身体を、ふんわりと腕に抱き、
白い寝間着のボタンを外していく。
全てを着せ終わってから、セバスチャンは
シエルを抱え上げ、その小さな顎を、
自分の鎖骨にのせ固定し、窓辺に向かう。
真鍮製の窓のハンドルを回し開け、
ベランダの柵を蹴って、陽光の中に、
とけていった。
「セバスちゃん?」
夏の訪れの近いことを知らせる風が、
レースカーテンを揺らし続け、
トランクは、窓辺から消え去っていた。
・・どこへ?・・・
(セバスチャンと同じ顔をした少年が
窓辺に立っている)
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少年は、さらに幼くなっていた。
五歳、六歳?恐らくそれくらいだろう。
年齢の割に、脂肪はまったくついていなく
痩せすぎともいえる範疇だが、
決してみすぼらしい感じは受けず、
むしろ何か気品のある面立ちだ。
窓の外は明るく、その日差しが、
窓の頑丈そうな黒い鉄格子の間から、
薄暗く狭い部屋の中に差し込んでいる。
窓にはカーテンもなく、そこからは、
空しか見えない。
この部屋は、
どこか高い場所にあるのだろう。
紅茶色の瞳一つ動かさず、
石像のように立つ幼い少年は、
きっと、もう何年も同じように
立っていたのだろう。
ただ窓の外を見上げている。
何かを待っているかのように。
何かを探しているかのように。
古い木と鉄枠で囲まれた、
扉の鍵が開く音がする。
背の低く、歯は抜け、せむしのように
腰の曲がった男が、
その男には似つかわしくない、
銀の盆に載せ、銀の食器に盛られた、
食事を運ぶ。
その男の背にする扉の外には、
細く薄暗い回り階段が見える。
この部屋は塔状の建物の、
一番最上階らしかった。
部屋には、窓と寝台と、
小さなテーブルと椅子しかなく、
男はそのテーブルの上に食事をのせる。
少年は、極僅かにゆっくりと
瞳を動かして、その男を見る。
男は下卑た笑いを浮かべると、
それを自分で食べ始めた、
美味くてたまらないっといった風情で。
少年はまた窓の外に、
ゆっくりと瞳をもどす。
男は、皿を舐めるように、
一筋のソースも余さずに食べ終えると、
空になった食器を盆にもどして、
出て行き、鍵をまたかけた。
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作品名:永遠に失われしもの 第14章 作家名:くろ