宵闇にて
壱:いとおしいあなたへ
酷く自然な動作で彼は私の首に手を掛けた。「好きですよ」と彼が呟く。許しを乞うように。あるいは断罪のように。その優しくて冷たくて甘くて苦い声にどうしようもなく彼が愛しくなって、私は彼を抱き締めようとした。けれど私の腕は彼に届かない。彼が私の首を絞めているからだ。嗚呼、抱き寄せて彼に囁いてあげたいのに。愛している。愛している。愛している。殺されても良い程に。そうすれば、彼はいつものように笑って私の額に唇を落とし、そして私を殺してくれるだろうか。彼になら殺されても良かった。けれど私は、彼がそれを出来ないことも知っている。
「殿、」
彼が私を呼んだ。本当は名前で呼んで欲しいのに、彼はあの時以来決して私に名前で呼び掛けはしない。「私はこれから死のうと思います」少しそこまで出かけてくるかのような気軽さで彼は言った。「あなた、私のために死んでくれますか」あたりまえだと答えたかったけれど、彼が私の首にかける力を強めたのでそれは出来なかった。私のために死ぬお前のために死にたいとずっとずっと思っていたのに。名前を呼ぼうとしたら、彼は突然顔を泣きそうに歪めた。けれどそれが見えたのは一瞬のことで、彼はすぐに倒れ込むように私を抱き締めた。「愛していますよ」耳元で囁かれた声はいつものそれと同じように空虚で、私は彼に赦されたことを知った。
(上杉主従)