宵闇にて
四:未必の恋
見捨ててしまえば良いのに。
そう言うと、彼は怒ったように眉を寄せた。
「馬鹿なことを言うな」そんなこと、出来るはずないだろう。
「どうして」
彼が答えられないであろうことを知りながら、そう聞いた。思った通り彼は頬を掻いて視線を彷徨わせる。
「どうしても、なにも」
彼はそうやってしばらく悩んでいたが、言葉が見つからなかったらしく「別にいいだろ」と少し乱暴に打ち切った。
この会話も、僕にとってはいつもと同じ嫌がらせの一環のつもりだったのに。彼が余りに弱々しげな目をするものだから、気が付けば僕は彼の唇を奪っていた。
「なっ……なにをっ……」
彼は目を見開いて、袖で口を擦る。僕が別にいいじゃない、と薄く笑うと、顔を真っ赤に染め上げた。恥ずかしがっているのか怒っているのかは僕には分からない。別にどちらでも構いやしない。
「見捨てたくなった?」
「それとこれとは別だろう」
彼はそう言って逃げる。別な訳がないのに。自分でも分かっている癖に。僕はそんな卑怯な彼が憎らしくて嫌がらせをしているのだとまだ分かっていないようだ。もっともそんな優しい彼が愛しいからこそいっそ僕を見捨てて欲しいと思うのだから、卑怯なのはお互い様なのだろうけれど。
(真田兄弟)