宵闇にて
参:鳴いたとて鳴かぬとて
「私は本当はあなたを殺したいのかもしれない」
それはふとした、独り言のようなものだった。誰に聞かせるつもりもない呟き。けれど部屋はあまりに静かで、私の意思とは裏腹にその言葉は部屋の隅までゆっくりと染み渡った。
目の前の彼は怒るでもなくまして悲しむでもなく、楽しそうに笑って杯を呷った。
「佳き肴よ。続けろ」
続けろと言われてもそれ以上何かを考えていた訳ではなく、私は困って黙り込んだ。
何もないのか、と彼の少し不機嫌そうな声がする。理由でも手段でも佳い。言うてみよ。
「理由など」
「有り過ぎるか」
「有りませぬ」
ほう、と彼は笑った。それは嘲笑に似ていた。理由もなく主君を弑したいと言っているのだから当然だ。
けれど私の言葉に嘘はない。理由なんてないけれど、この人を殺したくて仕方無い。一旦口にしてしまったその感情は止どまる処を知らず、膨れ上がって今にも爆発しそうだ。何時かは必ず訪れる最期の時、この方は何を思うのだろう。私には想像も出来ない。けれど願わくばほんの少しでも私のことを考えていてくれたらいいのに、と思う。嘘だ。少しでは足りない。貴方に置いて行かれたくないのです。どうか、どうか。最期の時には私を見て。その為ならば私は、貴方に反旗を翻すことだってしてみせる。
(織田主従)