ただ、そこにある奇跡
夕焼けが海を紅く染めていた。海から吹く凪に青髪を揺らされながら、音村は帰路についていた。隣に並ぶ綱海は、先ほどから今日クラスメイトと昼食のカレーパンを賭けた腕相撲大会の戦歴について話している。音村はヘッドホン越しにその話と波の音に耳を傾けていた。いつもと同じ他愛ない日常だった。
綱海と別れる分かれ道まで残りあと数メートル。じゃあ、また明日。そう告げようと口を開くよりもすこし早く、綱海が割って入った。
「俺、卒業したら島出るわ」
ざあざあざあ。均等のリズムで絶え間なく波が鳴く。その音を越えて綱海の言葉は確かに耳に届いた。音村自身間抜けだとは思ったが、その言葉が一瞬理解できなかった。音村を置き去りにして、綱海は話を続ける。
「まだはっきり決めてねぇけど、とりあえず島を出る。行き先はその時の気分。帰りは……、まあ、気が済んだら帰ってくる」
清々しいほど無計画な計画を堂々と語る綱海の日に焼けた頬が夕日を受けて紅潮して見えた。分かれ道の真ん中で立ち止まり、音村は綱海の言葉を身に染み込ませるように受け止め、返す言葉をゆっくりと頭のなかで組み立てた。
「そうか。わかった。軍資金は提供しないよ」
その言葉に綱海は肩すかしを食らう。
「……他に言うことないのかよ」
「なにを言ってほしいんだい?」
自分に引き止める権利がないことは、音村が一番よく理解していた。無謀な将来を嘲ることも、その決意を讃えることもできたがそんなつもりは微塵もなく、綱海も望んではいないだろうと考えていた。
「いや、別に……。じゃ、話はそれだけだから」
分かれ道を左に綱海は足を向ける。音村はすぐには右へと歩みを進めず、その背中を引き止める。
「綱海」
「ん?」
派手な髪色が揺れて振り向く。短く、一言だけ告げる。
「また、明日」
「おお。またな」
綱海と別れる分かれ道まで残りあと数メートル。じゃあ、また明日。そう告げようと口を開くよりもすこし早く、綱海が割って入った。
「俺、卒業したら島出るわ」
ざあざあざあ。均等のリズムで絶え間なく波が鳴く。その音を越えて綱海の言葉は確かに耳に届いた。音村自身間抜けだとは思ったが、その言葉が一瞬理解できなかった。音村を置き去りにして、綱海は話を続ける。
「まだはっきり決めてねぇけど、とりあえず島を出る。行き先はその時の気分。帰りは……、まあ、気が済んだら帰ってくる」
清々しいほど無計画な計画を堂々と語る綱海の日に焼けた頬が夕日を受けて紅潮して見えた。分かれ道の真ん中で立ち止まり、音村は綱海の言葉を身に染み込ませるように受け止め、返す言葉をゆっくりと頭のなかで組み立てた。
「そうか。わかった。軍資金は提供しないよ」
その言葉に綱海は肩すかしを食らう。
「……他に言うことないのかよ」
「なにを言ってほしいんだい?」
自分に引き止める権利がないことは、音村が一番よく理解していた。無謀な将来を嘲ることも、その決意を讃えることもできたがそんなつもりは微塵もなく、綱海も望んではいないだろうと考えていた。
「いや、別に……。じゃ、話はそれだけだから」
分かれ道を左に綱海は足を向ける。音村はすぐには右へと歩みを進めず、その背中を引き止める。
「綱海」
「ん?」
派手な髪色が揺れて振り向く。短く、一言だけ告げる。
「また、明日」
「おお。またな」
作品名:ただ、そこにある奇跡 作家名:マチ子