今の関係と未来の関係
ダサくて、暑苦しくて、いい歳こいて駄目なだけのおせっかいな男。
それがヒーロー始めた頃からの、私のあのおじさんに対する印象。
「でさぁ、協力してくんない?」
お願い、とおせっかい男が両手を合わせて頭を下げてきた。
「俺、若い女の子の興味とかわかんなくてさ。なんかこうキャラクター?ブランド?人気あるやつ教えて欲しいんだ」
「…娘の誕生日プレゼント、ね」
視線を上げて、それでも座っている自分より高い位置から見てくる虎徹に対して、ブルーローズことカリーナは口にしていたミネラルウォーターのペットボトルを降ろした。
場所は普段ヒーロー達が利用しているトレーニングルーム。ランニングマシンを使い終え一息休憩を入れていたカリーナの元に虎徹が話しかけてきたのだ。
内容は娘への誕生日プレゼントを何にしたらいいか検討もつかない、アドバイスを聞きたい、というものだった。
「アドバイスって言ってもね。直接おねだりされたりとか、自分で聞いてみるとかしたの?」
ブルーローズの問いにあからさまに虎徹の眉間に皺が寄った。
―あー、この顔って、アイツ?
「それがよぉ、ちょこちょこ欲しい物っての言ってたんだけど。最後に『バーナビーに会えるのが一番のプレゼントになるんだどなー。ま、どうせパパじゃ無理だろうけどね』って言われちまったんだよぉっ!」
身もだえつつ、かつ娘の口調の真似を忘れずやってのけた虎徹を眺めつつ自分の予想が的中していたことにやっぱりね、とカリーナはため息を吐いた。虎徹はガバッと顔に当てていた両手を広げ、
「だから俺はそれ以上のビッグでサプライズなプレゼントを用意しなきゃなんねーんだよ!アイツに会わせたら最後、俺の楓があのウサギ野郎に奪われちまう!」
そう暑苦しく騒いでいたかと思うと、しょぼくれておとなしくなる虎徹。
(相っ変わらず騒がしくて変なヤツ。これだけ騒がしくて疲れないのこの駄目男?)
ぼんやりとブルーローズは思う。自分がヒーローとしてメディアに出るずっと前からヒーローを続けていた男。ものすごく先輩だけれど元々ヒーローに興味はなかったからよく知らなかったし、敬う気持ちは露ほどもなかった。
それなりに緊張を持って仕事を始めてからは、尊敬するとか仲良くするとか考えられない相手としてすぐに認識した。
何をやっても駄目すぎる男だったのだ。
カリーナがブルーローズの名で活動し始めた頃には既にランキングは底辺。何より番組の存在そのものを無視するような彼のやり方はカリーナとは相容れなかった。歌手デビューのため注目されるための仕事にすぎなかったヒーローを、彼は青臭い一体何年前の子供の夢かというような理想でやっていたのだから。
(ホント、気に入らなかったのにな)
ずっと相容れなかった存在。とにかく鬱陶しい存在だったのだが、以前ヒーローを辞めようとしていた自分を励ましてくれた(のだと思う)一件から前より話すようになったし見る目も変わってきていた。
この男はヒーローを辞めようとしていた自分を否定しなかった。自分の歌を認めてくれていた。
それが嬉しかった。
「…ていうか、アンタ娘いたんだ」
ぽろりと口を突いて出た言葉。虎徹があれ?と意外そうな顔をした。
「あー言ってなかったけ?まあお前とも話す機会あんまりなかったもんな」
その言葉にぐさり、と何かが心に刺さった。話しかけられたとき子供がいるという事実に吃驚して、そして何故か声が上手く出てこなかった。そうしている内に話を進められ今更なタイミングで聞いてしまっていた。
(親。この男が、パパみたいな)
とても想像ができない。見た目もだけれど、それ以上にこんな子供みたいな性格の男なのに。自分がこの男と一緒に街中を歩いたとしても親子には見えないだろう。似ても似つかないから兄ではないし、友達でもない。…むしろ、
「て、んな訳ないじゃん!」
「うぉっ!?」
突然大声を上げたカリーナに虎徹が驚いて声を上げる。他のトレーニング中のヒーロー達も何事かと視線を向けた。
「ど、どうした?難しいもんかなあ。楓の方が年下だし高校生とは違うか」
独りごちる虎徹に、キッとカリーナは目をつり上げた。
「アンタみたいな駄目なオジサンよりずっと向いてるわよ!もういい、話すの面倒だから一緒に買いに行くわよ!」
憤然とした態度でカリーナはトレーニングルームを後にした。後に残されたのはひたすら狼狽える虎徹と、二人のやり取りについて聞こうと虎徹の元へ集まるヒーロー達。
(ああもう、何考えてんのあたし。ないない、あり得ないって!)
ガシャリと派手に音を立ててロッカーを開けるカリーナ。つい先ほど自分がしてしまった想像にひどく混乱していた。
虎徹があまりに父親像とはかけ離れていて。兄妹にも見えないし友達ですらもない関係だから、他に何かふさわしい関係はないかと想像して。そうして浮かんできた言葉に、
彼氏、とか。
(あり得なさすぎる…)
なんでその二文字が浮かんできたのか。というか普通にただの仕事仲間なだけで。
(そう、そうよ。父親って柄じゃなさすぎて、身近にいる人みたいに想像してった結果なのよ。そうに決まってる)
そこでふと、無意識のうちに開けていたバッグの中に財布の存在を目にして、
「か、買いに行くの誘ってるし~!」
がっくりと項垂れてカリーナは絶叫した。
「遅い。いつまで待たせんの」
虎徹が来るまでロビーで待っていたカリーナは、目的の人物を見つけると刺々しい声を出した。悪い悪いと手を振り、いささか疲れた様子の虎徹が歩み寄る。
「アイツらに絞られてたんだって。お前がいきなり怒って出てくから…」
「とにかくさっさと行くよ」
息をついた虎徹を尻目に、カリーナは立ち上がると足早に歩き始めた。
二人が訪れたのはシュテルンビルトでも種類が豊富と学生達に人気の高い雑貨屋。あれこれと話をしている内、あまりに虎徹のセンスのなさから焦点を絞らず探すことにした。
「おー、お前が持ってたウサギクッションここで買ったのか」
虎徹は初めて入る店内にきょろきょろと見渡し、目に入った派手なピンクの人形をベシベシ叩き出した。
「商品を叩かないの。真面目に選ぶ気あるの?」
「しっかし、いろいろあるんだなー。これなんか面白そうだな」
「もう!何やってんのよ」
全く話を聞いていない虎徹。あまりの商品の数と種類の多さにずっと凄いだの面白いだのと声を上げていた。娘からリサーチしたものも頭から消えている様子だった。
気ままにうろちょろする中年親父の姿は正直痛い。なんか一緒にいたくないな、とカリーナは虎徹に背を向けた。
「あたし、あっち行ってるから」
「え?おい」
呼び止める虎徹を無視してカリーナは奥へと進む。入り組んだ棚と混雑する通路を縫うように歩くと、あっという間に虎徹から見えない場所へと出た。
(何よアイツ。全然真面目じゃないんだから。ほんと子供っぽい)
それがヒーロー始めた頃からの、私のあのおじさんに対する印象。
「でさぁ、協力してくんない?」
お願い、とおせっかい男が両手を合わせて頭を下げてきた。
「俺、若い女の子の興味とかわかんなくてさ。なんかこうキャラクター?ブランド?人気あるやつ教えて欲しいんだ」
「…娘の誕生日プレゼント、ね」
視線を上げて、それでも座っている自分より高い位置から見てくる虎徹に対して、ブルーローズことカリーナは口にしていたミネラルウォーターのペットボトルを降ろした。
場所は普段ヒーロー達が利用しているトレーニングルーム。ランニングマシンを使い終え一息休憩を入れていたカリーナの元に虎徹が話しかけてきたのだ。
内容は娘への誕生日プレゼントを何にしたらいいか検討もつかない、アドバイスを聞きたい、というものだった。
「アドバイスって言ってもね。直接おねだりされたりとか、自分で聞いてみるとかしたの?」
ブルーローズの問いにあからさまに虎徹の眉間に皺が寄った。
―あー、この顔って、アイツ?
「それがよぉ、ちょこちょこ欲しい物っての言ってたんだけど。最後に『バーナビーに会えるのが一番のプレゼントになるんだどなー。ま、どうせパパじゃ無理だろうけどね』って言われちまったんだよぉっ!」
身もだえつつ、かつ娘の口調の真似を忘れずやってのけた虎徹を眺めつつ自分の予想が的中していたことにやっぱりね、とカリーナはため息を吐いた。虎徹はガバッと顔に当てていた両手を広げ、
「だから俺はそれ以上のビッグでサプライズなプレゼントを用意しなきゃなんねーんだよ!アイツに会わせたら最後、俺の楓があのウサギ野郎に奪われちまう!」
そう暑苦しく騒いでいたかと思うと、しょぼくれておとなしくなる虎徹。
(相っ変わらず騒がしくて変なヤツ。これだけ騒がしくて疲れないのこの駄目男?)
ぼんやりとブルーローズは思う。自分がヒーローとしてメディアに出るずっと前からヒーローを続けていた男。ものすごく先輩だけれど元々ヒーローに興味はなかったからよく知らなかったし、敬う気持ちは露ほどもなかった。
それなりに緊張を持って仕事を始めてからは、尊敬するとか仲良くするとか考えられない相手としてすぐに認識した。
何をやっても駄目すぎる男だったのだ。
カリーナがブルーローズの名で活動し始めた頃には既にランキングは底辺。何より番組の存在そのものを無視するような彼のやり方はカリーナとは相容れなかった。歌手デビューのため注目されるための仕事にすぎなかったヒーローを、彼は青臭い一体何年前の子供の夢かというような理想でやっていたのだから。
(ホント、気に入らなかったのにな)
ずっと相容れなかった存在。とにかく鬱陶しい存在だったのだが、以前ヒーローを辞めようとしていた自分を励ましてくれた(のだと思う)一件から前より話すようになったし見る目も変わってきていた。
この男はヒーローを辞めようとしていた自分を否定しなかった。自分の歌を認めてくれていた。
それが嬉しかった。
「…ていうか、アンタ娘いたんだ」
ぽろりと口を突いて出た言葉。虎徹があれ?と意外そうな顔をした。
「あー言ってなかったけ?まあお前とも話す機会あんまりなかったもんな」
その言葉にぐさり、と何かが心に刺さった。話しかけられたとき子供がいるという事実に吃驚して、そして何故か声が上手く出てこなかった。そうしている内に話を進められ今更なタイミングで聞いてしまっていた。
(親。この男が、パパみたいな)
とても想像ができない。見た目もだけれど、それ以上にこんな子供みたいな性格の男なのに。自分がこの男と一緒に街中を歩いたとしても親子には見えないだろう。似ても似つかないから兄ではないし、友達でもない。…むしろ、
「て、んな訳ないじゃん!」
「うぉっ!?」
突然大声を上げたカリーナに虎徹が驚いて声を上げる。他のトレーニング中のヒーロー達も何事かと視線を向けた。
「ど、どうした?難しいもんかなあ。楓の方が年下だし高校生とは違うか」
独りごちる虎徹に、キッとカリーナは目をつり上げた。
「アンタみたいな駄目なオジサンよりずっと向いてるわよ!もういい、話すの面倒だから一緒に買いに行くわよ!」
憤然とした態度でカリーナはトレーニングルームを後にした。後に残されたのはひたすら狼狽える虎徹と、二人のやり取りについて聞こうと虎徹の元へ集まるヒーロー達。
(ああもう、何考えてんのあたし。ないない、あり得ないって!)
ガシャリと派手に音を立ててロッカーを開けるカリーナ。つい先ほど自分がしてしまった想像にひどく混乱していた。
虎徹があまりに父親像とはかけ離れていて。兄妹にも見えないし友達ですらもない関係だから、他に何かふさわしい関係はないかと想像して。そうして浮かんできた言葉に、
彼氏、とか。
(あり得なさすぎる…)
なんでその二文字が浮かんできたのか。というか普通にただの仕事仲間なだけで。
(そう、そうよ。父親って柄じゃなさすぎて、身近にいる人みたいに想像してった結果なのよ。そうに決まってる)
そこでふと、無意識のうちに開けていたバッグの中に財布の存在を目にして、
「か、買いに行くの誘ってるし~!」
がっくりと項垂れてカリーナは絶叫した。
「遅い。いつまで待たせんの」
虎徹が来るまでロビーで待っていたカリーナは、目的の人物を見つけると刺々しい声を出した。悪い悪いと手を振り、いささか疲れた様子の虎徹が歩み寄る。
「アイツらに絞られてたんだって。お前がいきなり怒って出てくから…」
「とにかくさっさと行くよ」
息をついた虎徹を尻目に、カリーナは立ち上がると足早に歩き始めた。
二人が訪れたのはシュテルンビルトでも種類が豊富と学生達に人気の高い雑貨屋。あれこれと話をしている内、あまりに虎徹のセンスのなさから焦点を絞らず探すことにした。
「おー、お前が持ってたウサギクッションここで買ったのか」
虎徹は初めて入る店内にきょろきょろと見渡し、目に入った派手なピンクの人形をベシベシ叩き出した。
「商品を叩かないの。真面目に選ぶ気あるの?」
「しっかし、いろいろあるんだなー。これなんか面白そうだな」
「もう!何やってんのよ」
全く話を聞いていない虎徹。あまりの商品の数と種類の多さにずっと凄いだの面白いだのと声を上げていた。娘からリサーチしたものも頭から消えている様子だった。
気ままにうろちょろする中年親父の姿は正直痛い。なんか一緒にいたくないな、とカリーナは虎徹に背を向けた。
「あたし、あっち行ってるから」
「え?おい」
呼び止める虎徹を無視してカリーナは奥へと進む。入り組んだ棚と混雑する通路を縫うように歩くと、あっという間に虎徹から見えない場所へと出た。
(何よアイツ。全然真面目じゃないんだから。ほんと子供っぽい)
作品名:今の関係と未来の関係 作家名:藍野ろの