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黒龍

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どうして自分にだけ、と常に思った。どうして、自分だけ他と違うのだろう、と。
妬まれ、恨まれこそすれ、たたえられ、褒められることなどないこの力。
生きている意味でさえ、時々見失いそうになるというのに。
突き刺さる憎悪の視線、浴びせられる罵倒嘲笑。それらに耐えて一体何になるという。
今日も帝人は唇を噛み締めながら、兄弟子から受ける修行という名の虐待に耐えていた。
真冬の早朝。まだ皆が寝静まっている暗闇の中一人、小さな体を酷使して、
手が凍えかじかみながらも長い長い廊下を、音を立てることも出来ずに水拭きをする。
溢れてきそうになる涙を必死にこらえながら、あかぎれだらけの手で雑巾を絞った。

(これが終わったら朝餉の用意しなきゃ・・・)

帝人一人に言い渡された掃除を終え、急いで厨に駆けつける。
帝人はまたそこで一人、黙々と火を焚かせた。
そうこうしているうちに日が昇り、兄弟子や、師匠たちが目を覚まし始め、
あたりは人の気配で埋め尽くされる。
帝人は厨に入ってきた他の朝餉担当の者に目線を合わせぬよう軽く会釈をしながら、
己の仕事を手際よくさばいていった。
そんな時、一人の小僧がにたりと笑い、
帝人が必死で芋の皮をむいていた所にぱらぱらと藁を落とした。
帝人の手が止まり、視線を上にあげると、下卑た小僧の顔が視界に移る。

「あーあ、ごめんなぁ?てっきりここは貝塚かとおもったんよー」

くすくすと忍び笑いが聞こえ、帝人は怒りでふるえそうになる肩を必死でなだめ、
視線を下に下げて小ぶりを振った。
そして、何事もなかったかのようにまた芋の皮をむき始める。
何も反応を示さない帝人に興ざめしたのか、小僧は鼻を鳴らすと自分の持ち場に戻っていった。

(僕が何をしたのだろう・・・どうしてこんな仕打ちに合わなきゃいけないの・・・?)

涙ぐみそうになるけれど、ここで泣いたらもっと苛められ、
馬鹿にされることは分かっていたので、帝人は目に力を入れ、瞬きをしないように試みる。
その日の朝食後、帝人は数人の兄弟子たちに呼び出された。

「あ、あの・・・なんでしょうか・・・」

高圧的に見下してくる兄弟子に、帝人は恐る恐るといった表情で上目遣いになりながら兄弟子たちを見上げる。

「お前、ちょっくら黒翔森へ行って、そこにあるご神木の枝を持ってこい」

帝人は兄弟子の言葉に目を見開く。そしてカタカタと体が恐怖で揺れた。
そんな帝人の反応を面白がっているのだろう。兄弟子たちは口角を挙げ、帝人を嗤う。

「言ってくれるよなぁ?兄弟子のいうことは絶対だものなぁ?」

「ほぉら、とっとと行かないと夜になっちまうぞ~?」

帝人は奥歯を噛み締めながら、わかりましたと小さく言うと、その場から駆け出した。
兄弟子たちの嘲笑が背中から聞こえたが、帝人は振る変えることなく黒翔森へと向かった。


作品名:黒龍 作家名:霜月(しー)