黒龍
黒翔森。そこの奥深くにあるご神木には神が宿っており、
その枝を使って祈祷や厄払いをする。
ただし、その森には多くの妖怪が住み着いており、
弟子といわれる身分でその森に入ることはない。そう、普通はないのだ。
帝人も、どんなつらい仕打ちであれその森に行かされることはなかった。
それなのに、今日とうとう兄弟子たちから言い渡されたのだ。
このことはきっと師匠たちも知っているに違いない。
体のいい厄介払い。その単語が帝人の頭をよぎる。
帝人は森の入り口に立つと、ぶるりと体を震わせた。
森から吹く風はどこか生暖かく、妖気をまとっている。
「僕・・・死ぬのかな・・・・・っ」
くじけそうになる心に鞭を打ち、涙が流れそうになると袖で些か乱暴に目元をぬぐった。
帝人は走る。しゃにむに走る。手に持った枝を握りしめながら、
薄暗くなってしまった森の中を必死に走った。
後ろからは怒号の様な唸り声を響かせ、数匹の妖怪たちが追いかけてくる。
後ろを振り向くようなことはしない。できなかった。
着ていた水干が森の小枝で破れ、手足や顔に擦り傷を負いながらも、それでも走った。
恐怖で足がもつれ、転びそうになるがそれでもなんとか走り抜ける。
(死にたくない死にたくない死にたくないっ・・・!!)
乾いた涙は頬で固まり、新しい涙は頬を濡らす。
(あそこに出られれば確か出口だ・・・!)
あたりが暗くなってしまったせいでうまく方向が掴めなかったが、
それでも入ってきた道のりを思い出し、森の入り口だと思われる開けた場所に転びながら、
それでも到着した。
「はぁはぁぁ・・・・っ・・・え!?」
そこで見る風景に帝人は愕然とする。
目の前は確かに開けていたが、そこは大きな泉があるだけ。
帝人が目指していた森の入り口ではなかった。
「なんで・・・え、・・・どうして・・・!?」
混乱した頭では何も考えることができない。
がさっという草をかき分ける音が帝人の耳に入り、急いで己の後ろを振り返った。
体が恐怖でふるえ、足に力が入らない。顔が引きつっていくのが自分でもわかった。
「ちょこまかと小賢しい餓鬼だなぁ。ようやく捕まえたぜぇ」
「上手そうだなぁこんな上玉、滅多にお目にかかれねぇよ」
野太い下卑た笑いを零しながら、妖怪たちが近づいてくる。
後ずさりをしても、妖怪たちから離れることはできない。
(嫌だ嫌だ嫌だ・・・死にたくないよっ・・・・!)
帝人が肘をつきながら、後ずさりをしていると、どんっと背中に何かが当たる。
びくっと体を揺らし、反射的にその背中にあたったものを見た。
帝人の青い瞳が驚愕で見開かれる。
「へぇ、こんな場所に、帝人くんがいるってさ。どういうことかなぁ?」
この場の空気には全くそぐわない、どこか間延びした声が帝人の鼓膜を揺らした。
帝人がぶつかったのは、漆黒の衣を纏った青年の姿をした『なにか』
帝人の持つ力がこの青年に対し警報を鳴らす。
それでも帝人は、どういうわけかその青年から目が離せなかった。
「っていうか、お前たちここがどこだか分かって入ってきたの?」
青年がにたりと笑い、妖怪たちに豪語不遜な口調で語りかける。
帝人はそんな青年の態度に驚き、妖怪たちを見た。
すると妖怪たちは顔を青く染めながら、後ずさりをしていたのだ。
(一体・・・どうして・・・)
「全く、ほんっとう頭の悪い奴って俺、きらーい」
そう青年はいうと、手を妖怪たちに向けながら、鋭利ともいえる視線を送る。
「お、お待ちください!!」
「我らはその餓鬼があなた様の聖域を犯そうとしてっ」
あわてだす妖怪たちというものを帝人は初めて見た。
「煩い」