本望にて
思わず、スレンは眼をそらし、横を向く。
だが、すぐにまた正面を向いた。
眼を合わせないまま、ジゲンの喉元につきつけていた剣を自分のほうに引く。
「……今度、裏切ったら、ゆるさない」
もしも、騎馬民族の軍に来たのが策略にしかすぎず、振帝国を勝たせるためであるのなら。
自分たちを裏切ったら、絶対にゆるさない。
スレンはふたたびジゲンの眼を見た。
「そのときは草の根わけても捜しだし、今度こそ、その首をもらう」
すると。
ジゲンはニヤリと笑った。
悠然としている。
スレンに自分の首を穫られることはないと思っている。そんなふうに見える。
狙われても首を穫られない自信があるのか、それとも、首を穫られるような事態にはならない、つまり裏切る気がないからか。
後者であるようにスレンは感じた。
踵を返し、歩きだす。
背後でジゲンの動く気配はない。
歩きながら、ふと、この軍に来るまえにトーヤに聞かれたことを思い出した。
故郷に弓引くことになるけど、いいの?
故郷。
それはトーヤにとってはもちろん騎馬民族自治区であり、そして、スレンにとっては振帝国である。
ライネイス率いる軍で振帝国と戦うということは、生まれ故郷に刃を突きつけるのと同じだ。
スレンはトーヤの問いかけに対し、ああ、とだけ短く答えた。
あのとき、冷静を装いながら、内心は乱れていた。
ためらいのせいではなかった。
憎しみ、だ。
いいかどうかどころではない。
このときをずっと待っていたのだ。
父が処刑される瞬間を見たときから、ずっと、このときが来るのを切望していた。
復讐のときを、ずっと待っていた。
父を殺した者たち、裏切った者たち、見捨てた者たちに、ずっと復讐したいと思っていた。
その憎しみが生きる支えになったこともある。
いつかそのときが来るのを信じ、身体をきたえ、強くなるよう努力してきた。
けれども。
さっきジゲンの話を聞いていて、自分とは戦う理由が違うことに気づいた。
ジゲンは故郷であるあの国のことを本気で憂い、そして、あの国で暮らす民のことを想っている。
だからこそ、高い地位を捨て、振帝国と比べれば野蛮な騎馬民族のまだ若造にしかすぎないライネイスを訪ね、頭を垂れ、臣下となったのだ。
スレンの父が生きていた頃より状況は悪化していて、腐った部分だけを取り除くことはもはやできず、一度すべて解体してしまって、新しく作り直すしかないと判断したのだろう。
民のことを想えば、あの国を滅ぼすしかない。
苦渋の決断だったはずだ。
そして、トーヤが戦う動機はジゲンのそれと似ている。
トーヤは故郷を護るために戦おうとしている。
だが、スレンは彼らとは違う。
この戦はずっと願い続けてきた復讐を果たす好機だと思っている。
自分は復讐のために戦う。
復讐。
つまり、私怨だ。
なんて浅ましい。
今になって、そう感じた。
しかし、それでも、父や母のことを思えば、胸の中に炎が揺らめいて、心がかき乱される。復讐を望む気持ちがわきあがってくる。
スレンの歩く速度は自然に速くなり、なにかを振り切ろうとするかのように走っていた。
本日も快晴。
トーヤはスレンを見つけると、駆け寄った。
スレンの正面に胸を張って立つ。
「どう? 似合うでしょう?」
得意げに笑って見せた。
二本の弓に、六十本以上の矢の入った矢筒、そして剣。
戦の装備である。
だが、軽装備だ。
トーヤは弓の腕前を買われて先陣に配属された。
先陣は特攻隊のようなものなので、戦場を早く駆けるために、馬の負担を減らすために軽装備なのだ。