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犬神

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数年の月日は子供を少年へ、そして青年へと成長させる。
帝人は己の与えられた自室で一人、これから使うことになるかもしれない札を作っていた。
ひそひそと外から兄弟子たちの声が聞こえる。
聞き耳を立てているわけではない。それでも帝人には『聞こえる』のだ。

(まったく・・・嫌な力)

望みもしない力のせいで幼いころには苛められ、
陰陽師として一本立ちした今では倦厭されている。
あまり人と関わりたくない帝人にとっては今の状況は好ましいのだが。

(声が・・・うるさいんだよね・・・)

人の心の声が聞こえるこの耳に、帝人は無意識のうちにため息を吐いていた。
それでも手は休むことなく、札に呪を施していく。
その数十枚の札を懐に入れると、帝人は立ち上がり自室の御簾を開けた。

「おはようございます、兄者たち」

「っ、お、おはよう」

「いつもはやいな・・・お前は」

帝人の部屋の前でたむろっていた兄弟子たちに帝人はにこりと笑みをこぼす。
その昔、帝人をあの森へ向かわせた兄弟子たちだ。
今では帝人は己の力を自由に扱うことができる。
目の前で帝人を畏怖の眼差しで見てくる兄弟子たちなど、恐れるに足らなかった。

「それでは僕はこれにて。仕事がありますので」

帝人は軽く会釈をすると、兄弟子たちの横を通り過ぎる。

「あ、あぁ・・・」

己の声に恐怖が乗っていると、きっとこの兄弟子たちは気が付かないのだろう。
陰陽師として言葉を扱うものとして、それでは失格だというのに。
愚かなことだ、と帝人は心の中でごちる。

(それを言ってあげるほど、僕は優しくないし)

きっとこの兄弟子たちは遠からず命を落とすのだろう。
己より強い妖怪と対峙した時、きっと声に不安を、恐怖を乗らせてしまう。
そうなれば、妖怪は自分より弱いと判断し、一気にその者を食らうのだ。
帝人は内心ほくそ笑むと、今日依頼をしてきた仕事場へと足を向けた。


作品名:犬神 作家名:霜月(しー)