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爪を切り損ねた。

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爪を切り損ねた。先端の無残にはげたマニキュアは疲労感を助長させるばかりだ。己の荒れた指先をみて、女の指ではないとサクラは冷静に思う。爪と皮膚のすきまには茶と緑の汚れ。土と薬草の色だ。こんな手で傷口にふれることはひどくためらわれた。
「どうかした?サクラちゃん」
「医療忍者失格ね」
「へ?」
「こんな不衛生な手で、消毒もなにもあったもんじゃないわ」
 それでなくとも、傷口は泥にまみれていた。できれば水がほしい。けれどここは川も泉もない森の深く、耳をすませてもせせらぎひとつきこえはしない木々の檻だ。サクラは吐息する。竹筒の水は飲料であり、手をつけるわけにはいかなかった。さいわい薬草だけはふんだんに生えているが、闇にしずむ野生の森では動くのにも限界がある。
「せめてやすりを持ってくるんだった。使い方しだいで武器にもなるんだから、携帯したって損はないし」
「どんな武器だってばよ」
「皮膚を削られるのは地味に痛いわよ?」
「地味すぎて攻撃になんねーよ、そんなん」
 へらりと苦笑する疲れ切った顔には乾いた血がこびりついている。これだって、できることならぬぐってやりたい。裂かれた二の腕の出血はずいぶんと派手だった。服も肌も赤黒く染まるなか、原因のはずの傷がすでに治りはじめている事実ばかりがあまりに滑稽だ。
 なけなしのチャクラで治療をこころみると、いくぶん熱をはらむ手がサクラの手を押しかえした。いいってばよ、サクラちゃん。遠慮でも自嘲でもなく単なる事実として、自分の特性を理解しきったおだやかさでナルトはサクラをたしなめる。
「こんくらいのケガなら、放っといてもそのうち治るんだから。サクラちゃんのチャクラは明日のためにとっとかなきゃダメだ」
 朝になったらサイたちと合流すんだ。もしサイかヤマト隊長がケガしてたら、そん時はサクラちゃんががんばんなきゃいけねーんだし。
 な、とふたたび笑う。まるで正論だった。だからこそ、サクラはいらだつのだ。伸びすぎた爪も使い切ったチャクラも、自分のいたらなさをつきつけられるようでたまらない。言い負かされるかたちで黙りこんだサクラに、今度はあわてたそぶりで顔をのぞきこんでくる。サクラちゃん?と呼ぶ声は不安げだ。昔のように、考えなしな発言をしてはサクラに叱られる寸前、しょぼくれた子犬を思わせる表情でちぢこまる、幼いナルトが重なった。こんなところだけは、不思議とかわらない。
 ばか、と言い返すかわりに、ぱしりと二の腕をたたいた。傷口は避けたし力もいれていないのに、ナルトはいたいいたいとおおげさにさわぐ。怪力だのなんだの言い出したら殴ってやるところだが、今夜のナルトは腕をさするだけで、それ以上の文句を口にしなかった。
作品名:爪を切り損ねた。 作家名:ましろ