雛祭りサバイバー
神楽はどこからか調達した雛人形を、箪笥の上に飾っていた。
少し古びてはいるが、元はかなり質の良い人形だったらしい。
お雛様もお内裏様も、上品な優しい表情で微笑んでいた。
神楽は地球に来てから覚えた、雛祭りの歌を口ずさんでいた。
「灯りを点けましょ、ぼん…」
「爆弾に〜♪」
振り返ると、銀時はジャンプを読みながら、いちご牛乳を飲んでいた。
特に何を言うわけでも無く、ぱらり、とページをめくる。
「――」
神楽は気を取り直して、雛人形に向かった。
「お花を上げましょ、も…」
「毒の花〜♪」
振り返ると、銀時はいちご牛乳を飲みながら、ジャンプを読んでいた。
また、何事も無いように、ぐびり、といちご牛乳を飲む。
「――銀ちゃん」
「何?」
「止めてくんない、その変な替え歌」
「ぁ?歌?ああ――」
上の空で返事を返し、銀時は引き続きジャンプを読み続ける。
神楽はむ、としながら、雛人形に向かった。
小さな雛人形だ。
お内裏様とお雛様の他には、いくつかの調度品しかない。
それでも、精巧に出来た小道具を並べていくのは楽しかった。
神楽の口から、また歌がこぼれだした。
「ごーにんばやしの…」
「殺し合い〜、今日は哀しい雛祭り〜♪ってな。神楽、お前その人形どこで拾ってきたんだ? まさかどっかの家にあったのを、パクって来たんじゃねェだろうなァ」
「こんの腐れ侍がァァァァァァ!!」
「ごばァァァ!!」
神楽は銀時の顔面に、調度品の一つの漆塗りの衣装箪笥の角を叩きつけた。
衣装箪笥は、銀時の鼻梁に叩きつけられ神楽の力で押しつけられ、その顔面で粉々に砕けた。
「は、鼻がァァァァァァ!!」
「乙女の大切な節句を、ろくでもない替え歌で台無しにした報いアル」
鼻を押さえてのたうち回る銀時に、神楽は冷たく言い捨てた。
銀時は乙女の大切な時間を、台無しにしたのである。
同情の余地など全くない。
「だって昔からこうやって歌ってたんだってェ。子どもの頃は、みんなコレ歌ってたんだよ!」
「嘘つくなヨ、この天パー!」
「イタイイタイイタイイタイィ!やめて!菱餅はやめてェ!」
「何騒いでんですか、もう。遊んでる暇があるなら、掃除手伝ってくださいよ」
「うるさいアル。今は掃除どころじゃないネ。乙女の天敵に、制裁加えてるところなんだから、 邪魔すんなヨ!」
「冗談じゃねぇ!何が制裁だ!こっちはちょっと童心に帰って、昔の替え歌口ずさんでただけじゃねェか!」
「あぁ、雛祭りの。懐かしいですね。僕も寺子屋に通ってる頃は、 この時期は雛祭りパーティーやってましたよ」
「五人囃子は殺し合うんだよな」
振り下ろされた神楽の拳を、銀時はひらり、とかわした。
銀時の替え歌に新八は、ぷ、と吹き出し「そうそう」と笑った。
「続きは、甘酒飲んで酔っぱらった右大臣が、お嫁に行ったお姉さんと間違えて、 三人官女に手を出して、ぼこぼこにされるんですよね」
「え、そうなの?俺たちの時は五人囃子の殺し合いまでだったぞ。 お前の時代になったら、話はそこまで進んでんのか。いやァ、時代は変わるねェ」
しみじみと頷く銀時の頬に橘、新八の額に桃が、それぞれ突き刺さった。
「「痛ェェェェェェ!」」
「付き合ってられないネ。私、出かけてくるアル。アネゴが女の子だけの雛祭りパーティーしようって」
「あァ、あのいわゆる女子会ってヤツね。つーか何、女子会って。めっちゃくそ排他的、 いや、排男子的な呼び方。女子会女子会てしつこくさァ。女子、集まって何の話してんの。 どうせ男と美容と金の話だろ?てめーのレベルは棚上げして、男の品定めばっかりしやがんだよ、 この女子ってヤツらはよォ。あと、お局とか同僚とかあげつらってばっかりでな。 ホント、束になるとうぜェよな、女ってヤツは。てめーらみてェな性格ブス、 こっちからお断りだっつーの。寄ってくんな、こっち見んなって言いたくなるぜ。 おォ、行って来い行って来い。女子会でも雛祭りでも。たらふく飯食って、 三日は何も食べなくて良いようにして来い。そして女の暗くて薄汚ェところを、しっかり見て来い」
銀時はごろり、と横になり、テレビを点けた。
尻をかきながらテレビを見る銀時に、神楽はぼそっとつぶやいた。
「結野アナも来るアル」
「おおおお俺も良いかな!?パー子でなら俺、参加してもいいかなァ!?」
「あんたさっきまでボロクソ言ってましたよね!何ちゃっかり混ざろうとしてんですかァ!?」
「うるせェ、新八!あれはな、世のモテない男たちの総意を代弁しただけで、俺の真意じゃねェ!!」
「あんた汚ねェよ!もうどろっどろに薄汚れてるよ!その相手によってコロコロ態度変えるの、 男にも女にも一番嫌われるタイプだから!!」
「良いか新八、よく聞け。大人になったらな、同性から人気がある、なんてどうでも良いんだよ。 大事なのはいかに異性にモテるかだ。かの大阪府知事が昔、テレビでそう言ってた!」
「モテてないじゃん!あんた全然モテてないじゃん!」
ふと見ると、神楽がいない。
玄関を覗くと、神楽は靴を履き、今まさに出て行こうとしているところだった。
「アレ?神楽ちゃん?ちょ、俺も行きたいんだって!着替えるから、ちょっと待っててってばァ!」
「あんた、本気やったんかィィィ!」
神楽はからからと玄関を開け、振り返った。
「タマとサオ取ってから出直して来るアル」
厳しく、そして冷たくきっぱりと、ぴしゃ、と玄関が閉められた。
からからから、と玄関が開いた。
「ただい、ま…」
神楽だ。
だがそのか細い声に、銀時と新八は顔を見合わせた。
どさ、と倒れ込む音が廊下から聞こえてきた。
「神楽?」
のぞき込むと、神楽は靴を脱ぎかけた姿勢のまま、うずくまっている。
「神楽!?」
「神楽ちゃん!!」
駆けよって抱き起こすと、神楽は小さく呻いた。
「何だ、コレ…」
銀時と新八は息を飲んだ。
神楽の顔は痣だらけで、右頬はどす黒く腫れている。
抱き抱えると痛みを訴えることから、体中にこんな怪我があるのだろう。
二人はこの有様に戸惑っていた。
帰り道で襲われたなどとは考えにくい。
通り魔風情が、神楽にここまでダメージを与えられるとは思えないからだ。
だったら、雛祭りパーティーで何かあったのか。
集まったであろう女子の面子を想像すると、それは十分にあり得ることと思えた。
しかし、雛祭りパーティーでこんなになる事態が想像付かない。
銀時は神楽に問い質した。
「おい、神楽!何があったんだ!?」
「何って…雛祭りパーティー、って言ったアル。銀ちゃん、私がどこに行ってたと思ってるアルか」
「え…雛祭り、パーティー…」
神楽はうん、と頷き、銀時もうん、と頷いた。
「銀ちゃん、私、勝ったヨ…今年のお雛様は、わ、私アル」
「ごめん、話が見えないんだけど」
「優勝のお祝いに、ほら…ケーキも…」
差し出された箱の中には、砂糖菓子で作られたお内裏様とお雛様の人形が乗った雛祭りケーキの ホールが入っていた。
「わァ、うまそー!って、ケーキは良いけど、なんでお前はそんなにぼろぼろなんだ?」
神楽は少し咳込みながら、体を起こした。
「死闘だったアル…アネゴといえど今日は敵。他にも九ちゃん、ツッキー、さっちゃん… 層々たるメンバーだったネ」