君と始める20日間
1日目
『あなたも覚えてるでしょ?アルフレッドくんよ』
「そりゃあ覚えてるけど!」
『あの子そっちの高校受けたらしいから、最初の20日くらいあなたのところに置いてあげて欲しいってジョーンズさんが、』
「ちょっと待ってよ!もう子供じゃないんだからっ」
『何言ってるの。あなた達とても仲が良かったじゃない。それにこれを期にあなたも少しはちゃんとしなさい』
あっ、嘘!────がちゃん。と切られた後の電子音が空しい。額に手を当ててため息を吐く。アルフレッド・F・ジョーンズは5つ下のアリスの従兄弟だった。雨の日に行き成り引越しを告げた彼と喧嘩別れしてからもう十年近く経つ。正直今になってから一緒に暮らすというのは気まずいが、午後に到着するらしい従兄弟の為に部屋を片付けなければ。アリスはしばらくレポートと睨み合いをしていたせいでリビングに散乱した参考文献の束とほったらかしのカップ、取り込んだだけの洗濯物を見て迷わず携帯に手を伸ばした。
それから1分もしないうちに玄関のインターホンが鳴る。
ぶつくさと文句を言いながら上がってきた男にジャスチャーだけで散らかった部屋を示すと引きつった表情を浮かべた。
「・・・・・・片付けのためにお兄さんのこと呼びつけたとか言わないよね?」
「わかってるじゃないの。ちょっと私夕食の買い物に行ってくるから」
こんなときのための隣人、むしろこんなときにしか役に立たない男フランシス・ボヌフォアを鼻で笑って財布だけ持って出かけようとしたアリスを必死でフランシスが引き止める。
「ちょっとまってよ!!もうこの扱いについてはこの際言及しないから!せめてリスト書くから持って行って!!」
「買い物くらい自分で決められるわよ!」
「あーもー!いいから聞いとけって!!」
しぶるアリスに半ば無理やり即席リストを握らせて見送ったあと、フランシスは溜息をついた。お隣さんになったのが運の尽き。彼は女性という女性が好きな所謂女好きであったが、中学からの腐れ縁アリス・カークランドは例外だった。始めのうちは喧嘩ばかりしていたが、大学生になり部屋まで隣同士となるとあまりのアリスの絶望的な家事能力を見かねたフランシスが放っておけなくなってしまったのだ。元来世話好きだったフランシスはなし崩し的にアリスの世話を焼く立場になっている。最初は反発していたアリスだったが、最近では逆にフランシスを顎で使うことを覚え、もはや体のいい家政夫さん状態だった。
「・・・お兄さんこれでも学部一のプレイボーイなんだけどね」
自分で言って空しくなった。
それから慌しく準備して、従兄弟のアルフレッドが到着したのは午後5時ごろだった。10年ぶりの再会で、危惧していたこととは裏腹に若者らしい活達な笑みで「しばらく世話になるぞ!」と玄関口で挨拶した彼はもちろん記憶の中の彼より随分成長していた。機嫌よく上がりこんできたアルフレッドだったが、リビングの奥のキッチンでフランシスが夕食の準備をしているのを見ると、ぴたりと足を止めて数秒押し黙った。
「・・・・・・ねえ、あれは誰だい?」
「家政夫みたいなものよ」
即答したアリスにフランシスからおい!と文句が入る。忌々しげに顔を歪めた彼女は至極めんどくさそうに隣に住む腐れ縁の変態男だと訂正すると、アルフレッドを急いで先ほど空けた一室に案内する。
「タンスとか、元からあるものはそのまま使ってもらって構わないわ。朝は私は紅茶くらいしか飲まないんだけど、育ち盛りにそれじゃ悪いわよね。アルフレッド君がよければ何か作るから」
つい早口で告げるとアルフレッドが微妙だった表情をさらに歪めた。
「『アルフレッド君』って・・・なんか気持ち悪いんだぞ。昔みたいに呼んでくれよ」
その言葉に一瞬喉がつまったような気になったが、知らないふりをして「アル、片付けが終わったらリビングに来なさいよ」とだけ言うと、アリスは踵を返した。