ファイト一発!
「ちくしょー、ふざけんな…」と、愚痴りまくっているその姿に、いつもの真選組副長としての威厳は全くない。
素面で愚痴りだした土方を見、猫たちは顔を見合わせた。
食べ終わったシュークリームとざるぞばを指し示し、瞬きとひげの動きで意志の疎通を図る。
時に首を振り、時に顔をしかめ、しかしついに黒猫がうなずき、土方に寄っていった。
黒猫はそっと土方の頬に前足を乗せた。
柔らかく香ばしい肉球が、土方の頬をぷよぷよと刺激する。
「何だよ、お前…。慰めてくれるのか…」
前足を掴み、ぷにぷにと肉球を押すと、黒猫は一瞬顔をしかめ、前足を引きかけたが、 「にゃう!」という白猫の叱責に、渋々その場に踏みとどまった。
猫といえど、いや野良猫だからこそ、一飯の恩に拘るのか。
黒猫は地蔵の様に固まって動かない。
そのうち白猫も側に寄ってきて、その尻尾でぽんぽん、と土方の頭を叩き出した。
「お前ら…何かちょっとこの尻尾堅ェけど…ぽんぽんていうか、ちょっとごんごんて感じだけど…お前ら、良い猫だなァ…」
だが土方が白猫を撫でようと手を伸ばすと、白猫はさ、と立ち上がり、身を翻した。 それを見て黒猫もふい、と手をひっこめる。
一飯の恩返しは終わったらしい。
背を向けた二匹の猫に、土方は、じゃあな、と声を掛けようとして、「えェ!?」と叫んだ。
「ゴミを片付けて…!お、俺の分も!しかも分別までェ!?」
二匹の猫はそれぞれ手にゴミを抱え、とことことゴミ箱に近づくと、ゴミを投げ込み、歩き出した。
何事も無かったかのように二匹の猫は、猫らしく去っていく。
立ち去る猫たちの背中を、土方はずっと見ていた。
すると、ぴた、と白猫が足を止め、振り返った。
「ナウ」
一言そう言って、再び歩き出す。
二匹とも、もう振り返ることはなかった。
土方は煙草に火をつけ、ふぅ、と煙を吐き出した。
空を見上げると、雲が薄く広くたなびいていた。
清々しいと感じるその空に向かって、土方は煙草の煙を吹きかけた。
もちろん空に届くわけもなく、ほんの少し立ち上っただけで消えてしまう。
土方はふん、と笑うと立ち上がった。
行き場もなく公園をぶらついた後は、結局あの男臭い巣に帰るしかないのだ。
「これだから一人もんはいけねぇや…」
ぶつぶつ言いながらも、その足取りは軽い。
くわえ煙草で煙をくゆらせながら、土方は公園を出た。
屯所への道を歩いていると、いくらも行かないところで、パトカーに出会った。
顔を出したのは、沖田だ。
「お前が真面目にお勤めたァ珍しいじゃねェか」
「通報があったもんで、行かないわけには行かねェんでさァ」
「公園?さっきまでいたが、何にも無かったぞ」
「そうですか?おかしいなァ。公園に見るからに変質者的で凶悪な面した男が、 猫としゃべってて気味が悪ィって通報があったんでさァ」
「――へェ。でも猫としゃべってるだけじゃ、犯罪じゃねェよな」
「犯罪じゃありやせんが、予備軍でさァ。そう言う人の社会になじめずに、猫との交流に逃げ込むような奴ァ、 早晩社会生活に息詰まって犯罪に走るんです。周りに危害及ぼす前に取りしまっとくのが上策でさァ」
「ヘェ…」
「どうです、土方さん。どうせ暇なんでしょ?一緒に乗っていきやせか?」
「いや、良い。やめとく…」
「まぁまぁ。遠慮なんか土方さんらしくありやせんぜ。さ、乗った乗った」
ドアを開けられ、土方は渋々パトカーに乗り込んだ。
どうせ暇だし、来た道を戻るとはいえ、最終的には屯所に戻るのだ。
通報された不審者はもういないことだし座っていればいいか、と腰を落ち着けると、 パトカーはUターンして、さっさと屯所に戻り始めた。
「おい、総悟。公園に行くんじゃないのか?」
「あぁ、もう良いんです」
「良いって、通報があったんだろ。顔出すくらいしろよ」
自分が通報された、とは口が裂けても言えないが、一応職務遂行を促してみる。
沖田は土方の言葉には応えず、無線を掴んだ。
「こちら沖田ァ。公園の不審者確保しました。ただいま屯所に連行中。受け入れ準備お願いしまーす」
『こちら屯所。了解』
がちゃん、と無線を置くと、車内は嫌な沈黙で満たされた。
「――…て、てめェ、人を不審者たァ良い度胸じゃねぇか!車止めろ!俺は降りる!歩いて帰る!!」
「はァ?何言ってんですかぃ。すぐ着きますぜ」
「赤だ!信号赤だ!止めろよ、降りるっつってんだろうが!」
沖田はぴ、と赤色灯を回しサイレンを鳴らした。
周りの車はさ、と道を開け、パトカーは赤信号の交差点を悠々と通過する。
この分では屯所まで本当にすぐだ。
「ちょ、総悟!マジで車止めろって!俺ァ不審者扱いなんてごめんだぞ!」
「だって通報されたの土方さんでしょ?屯所にも帰るんだし、ちょうど良いじゃねぇですかぃ」
「何で俺だってバレてんだよ!」
「やっぱり土方さんだ」
「え…あ、いや今のは、言葉のアヤっていうか…」
「はーい、屯所到着〜。ほら、降りろ土方ァ。これからみっちり取り調べてやるから」
「え…あ、いや、ちょっと…ヤダっつってんだろうが、俺は不審者なんかじゃねェって!こら、総悟ォォォォォ!」
暮れかけた秋の空に、土方の叫びがこだました。
優しい空は夕暮れの色も優しく、明日の晴れを教えてくれる。
土方は沖田と彼に指揮された真選組隊士たちによって担ぎ上げられ、屯所内に運び込まれた。