Happy Life
第2章 オフィスでの彼
だが、しかし、そのパソコンの内の人物の指示は実に手際がよかった。
少し考えたりして手が止まると
(ほら、これだろ)
と、適切な資料やデーターを開いてくれる。
その午前中だけで、ハリーの仕事は思いのほか進んだ。
ランチが終わって机に戻ると、書類を手にドラコはハリーを待っていた。
(帰ってくるのが、遅すぎる!とか言わないの?)
(まさか)
彼は肩をすぼめた。
(食事はたっぷりと取れ。そして休息時間はちゃんと休め。)
ハリーは笑った。
(君は見かけより、かなり優しいことを言うんだね)
その言葉にドラコはふいと横を向く。
(そうでないと、仕事の効率が落ちるからな)
(やさしいのかと思ったら、かなりビジネスライクなお言葉で)
(それが僕の仕事だからな)
ドラコはそっぽを向いたままだ。
ただ耳の端がさっきより、赤くなっている。
彼はかなり照れ屋で、意地っ張りな性格らしい。
ぶっきらぼうな物の言い方に、命令口調。
そのきつい容貌と相まって、かなり周囲に誤解をさせるタイプなのかもしれない。
損な性格だった。
きっと敵を多く作るし、仲間も出来にくい。
自分自身が自分の生き方を制限するような、生き方が下手な性格だった。
……まぁ、誤解されるもなにも、彼はパソコンの中の機械だからな。
ハリーは自分の考えに、笑って頭を振った。
これはただの機械なんだ。
ハリーは椅子に座りなおすと、午後の仕事に取り掛かった。
ドラコから手順よく指示されたデーターは、ぬかりがないものだった。
リズムよくハリーは、次々と数字を入力していく。
「あの資料はどこだったっけ?」という探し物も、引き出しや机に詰まれた資料の山を掻き分けなくても、大概がデスクトップにファイルとして並んでいた。
ハリーはこういう作業が好きだった。
ただ単純に入力していく行為、データーを完成させていくことなど。
やった分だけ成果が現れる、結果が見えることは、なによりも彼を安心させた。
仕事を始めていくら時間がたったころだろう、突然画面が真っ白になった。
途端にハリーは声にならない叫び声を上げる。
なんてことだ!まだ保存していなかったのに、このデーターは!
(ハリー!)
画面いっぱいに自分の名前が浮かびあがる。
そして、ドラコの顔がアップで映った。
(ドラコ大変だ!データーが飛んだ!みんな飛んでしまったんだ!!どっ、……どうしよう!)
焦る彼を尻目に、 ドラコはしれっと答えた。
(ああ、あれのことか。あれは僕が閉じた)
(勝手に!なんで?)
(保存したから、安心しろ。それより休憩だ。お前は休みなしで働いているじゃないか。ここらへんで、コーヒーを飲め。休まなきゃ続きはさせないからな)
完全な強制だ。
ハリーは眩暈がした。
効率ばかりを優先する機械に、こんな高度なおせっかい機能まで付いていたのか?
分からないことだらけだ。
(ほら、早く立って!さっさとコーヒーを買いに行け!)
ハリーはしぶしぶ立ち上がり、廊下へと出ていった。
紙コップを持って戻ってくると、画面の中のドラコもティータイムのようだ。
優雅な仕草で、カップを持ち上げ、口をつけている。
それを見ながら、ハリーもコーヒーを飲んだ。
(そんなブラック、本当においしいのか?)
顔をしかめてドラコがたずねる。
(眠気覚ましを兼ねているからね。ブラックじゃないと、頭がシャンとしないんだ。―――ところで君は、やはり砂糖とミルクたつぷりの紅茶なの?)
よどみなく自分が、相手の好みの飲み物を言ったことに、ハリーは自分でも驚いた。
ここからはドラコのカップは見えるが、中身までは見えない。
知るはずもないことを、当たり前のようにしゃべった自分に、言い知れぬ不安が浮かんでくる。
……何かが自分の頭の中で広がっているような感じがした。
―――灰色のもやのようなものだ。
変な不安をかき消そうと、つとめて明るくハリーは尋ねた。
(きみのいる部屋はどんな感じなの?)
ドラコはぐるりと部屋を見回した。
(ただの白い部屋だ。何もない。必要だと思ったものは、必要なときに出てくるのだけだ。用がなくなると引っ込む。暑くもないし、寒くもない。静かで、湿度も快適だ。何も不足はない)
当たり前だという感じで答えた。
(……じゃあ、何もないなら、退屈でつまらないんじゃないの?)
ドラコは不可解な顔をする。
(退屈は感じない。なぜなら、ここには「時間」というものもないからな。それにお前がいるし)
そう言った途端、彼の顔は真っ赤になった。
気を許して、思わず本音をしゃべってしまったような感じで、慌てている。
(いっ、………今のはナシだからな。忘れろ!今のは聞かなかったことにしろ、ハリー!)
機械がドジを踏むのか?
ハリーは何がなんだか分からない。
コンピューターというものは、計算ミスをすること自体ないはずだ。
………いったいこれはなんだ?!
ドラコが口を滑らしたことより、そのあまりにも人に近すぎる一連の行為に愕然とした。
機械が自分に好意を持つ?
ハリーは信じられなかった。
いやそれよりも、その言葉に心地いいものを感じてしまう自分にも、ハリーは眩暈がした。
その一方で、言い様のない漠然とした不安が、自分の中に広がっていくのを感じた──
作品名:Happy Life 作家名:sabure